自衛隊から「ほうれん草農家」に転身、中原ファーム代表・多川純利さんが語る6次産業の魅力

安藤茉耶

PR 提供:農水省
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さまざまな農業従事者を取材する本連載企画。農業従事者には、まったく異なる仕事から就農の道を選んだ人も少なくありません。

広島県山県郡北広島町で中原ファームを営む多川純利さんも、ユニークなキャリアを歩んできたひとり。自衛隊員からエンジニアへ、そしてUターン就農で故郷に戻り、ほうれんそう農家に転身。彼はいったいどんなキャリアを歩んできたのでしょうか? 

プロフィール

PROFILE

多川純利さん

広島県出身。工業高校卒業後、航空自衛隊に入隊。3年間の任期満了後は、民間企業に転職し、機械設計エンジニアとして4年間働く。父の体調不良がきっかけで、2011年にUターン就農をすることに。故郷・北広島町で「新規就農研修生」制度を利用し、2013年よりほうれん草生産を開始、その後、株式会社中原ファームを設立。現在は6次産業にも精力的に取り組み、自身の育てた野菜を使った生パスタ商品を展開する。

自分に厳しくしたいと航空自衛隊に入隊

工業高校時代の多川さん

米農家に生まれた多川さんは、幼い頃から実家の仕事を手伝うことも多かったといいます。

「父親は公務員と農業の兼業農家をしていたので、生まれた時から農業とは関わりがありました。学校が休みの日に草刈りを手伝わないといけないのは嫌でしたが、畑でトラクターやコンバインに載せてもらえるのは楽しかったですね」。

農業機械がきっかけで、機械いじりに関心を持ったという多川さん。中学卒業後は、広島市内の機械科がある工業高校に進学しました。

自衛隊時代の写真(右・上から二人目)

「姉が大学を卒業するタイミングだったので、一緒に市内で二人暮らしをしながら高校に通いました。子供の頃から何もない田舎で真面目に過ごしてきた反動で、高校では勉強よりも遊びに熱中してしまいました(笑)。ただ、卒業が見えてきた頃、流石に『もうちゃんとせないけんな』と思い、自ら厳しいとこに飛び込もうと自衛隊への入隊を決めました」。

両親からは危険が伴うことを理由に反対されたそうですが、説得の末に航空自衛隊に入隊。第3輸送航空隊に配属され、3年間、鳥取県の美保基地で任務にあたりました。

「当時の僕の仕事は航空機の整備。コックピットのモニターや自動操縦装置の整備を担当していました。航空自衛隊にいた頃は幸いにして大きな災害も少なく、災害復旧に派遣されることもなかったので、大変さを感じる場面は少なかったと思います」。

自衛隊の任期は3年。任期満了後も続けることはできたものの、公務員より民間企業で自分の実力を伸ばしたいという気持ちが勝り、多川さんは転職という道を選びました。

機械好きが高じてエンジニアに。そして父の病気で故郷にUターン

露店温度計(2社目で開発した製品)

多川さんはエンジニアとして、1年間、茨城県の民間企業でデジタルペンの設計開発事業に従事、その後神奈川県の企業に転職し、3年間、露点温度計設計開発の仕事に携わりました。

「もともと機械いじりが好きだったので、エンジニアの仕事はとても楽しかったです。商品開発で企画から製品化まで携わるという経験も自衛隊時代にはできなかったので、やりがいを感じていました。頑張れば評価されるという点も民間企業ならではの良い点ですが、成果を出した分給料がどんどん上がるというわけではないとは改めて感じましたね」。

自衛隊員に民間企業のエンジニアと、農業とは関わりのないキャリアを歩んでいたものの、潜在的には農家になることも考えていたそうです。

「長男として生まれたので、いずれは実家を継がないといけないのかなとはずっと頭にありましたね。4年間、関東で会社勤めをして、仕事は楽しいけれど都会が肌に合わないとも感じていましたから」。

 将来どうするかを真剣に考え始めた矢先、実家の父親が病に倒れてしまいます。

「親父が体調を崩した頃、会社から独立して自分で何かしたいという気持ちが強くなり始めていたんです。それで故郷に帰って農家になることを決意しました。ちょうどそのタイミングで、故郷の北広島町で『新規就農研修制度』が始まるということを知り、Uターンして第1期生として参加しました」。

新規就農研修制度とは、農業人口の減少・流出を食い止めるために新規就農者の育成と定着を目指すべくスタートした制度のこと。研修中は町から月15万円の就農研修支援金の交付を受けられ、ハウスや機械の導入も可能(国の補助金も併用可能)。また、就農後5年間は「経営安定支援」として技術の支援や、交付金も受けられます。

 「この制度があるならやってみようかなと。農業をやりたいというより、経営の方に興味があったんですよね。僕にとって農業はその手段だと考えています」。

就農当時の仕事風景

研修では、トマトかほうれん草、いちご、花の中から好きな作物を選び、栽培法を実地で習います。多川さんはほうれん草を選択し、地元の先進農家の元で栽培法を学びました。

80代のほうれん草作りのレジェンドのような方に一から教えていただきました。いきなり自分でやるとなると、やはり時間がかかりますし、一度の失敗のダメージが大きい。ほうれん草は1年で6回ほど作りますが、4月の種まきは1年で1度しかありません。時期によって品種などを変えるので、4月の失敗を活かすには来年まで待たなければならないんです。だからこそ、技術を教えてもらえるのはありがたかったですね」。

ほうれん草農家として独立、海外からの技能実習生の支援も

2年間の研修期間を経たのち、多川さんは父親が持っていた水田にハウスを建て、30haの土地でほうれん草の栽培をスタートさせました。

「北広島町は、中山間地域という地形柄、1年中ほうれん草が作れるんです。ある意味希少な土地ですね。実家は米農家なので、それまでほうれん草を作ったことはありませんでしたが、研修でしっかり栽培法を学んだうえで就農したので、ものすごく大変だったという記憶はありません」。

母親と父親、3人でほうれん草を栽培しながら、徐々に農地の規模を拡大。就農から8年後の20201月に、株式会社中原ファームを設立しました。現在はパートや正社員などを含め13人の従業員を抱えるまでに成長を遂げています。

そして多川さんが、会社設立前の2018年から始めたのが、技能実習生の受け入れでした。

2018年に2人のベトナム人技能実習生を受け入れました。事業拡大したタイミングで労働力が欲しかったという理由はもちろんありますが、日本で農業を学び、その技術を母国に持ち帰って活かしてほしいという思いで始めたんです。最初に実習にきてくれた2人は帰国していますが、彼女たちは特定技能外国人制度の2号にも合格するほど勤勉に農業を学んでくれました。今はミャンマーからの技能実習生が2人いますが、彼らもとても真面目に頑張ってくれています」。

就農6年目で技能実習生を受入

就業の合間に日本語を教えたり、地域住民との集まりに連れて行ったり、多川さんは仕事以外でも技能実習生との関わりを大事にしています。

「確かに大事な労働力ではありますが、うちで働く人たちを駒のように使うのは絶対に嫌なんです。みんなひとつのファミリーだと思っています」。

野菜を練り込んだカラフルなパスタ『VEGE.PA(ベジパ)』で6次産業に挑戦!

「いろんなことに挑戦してみたいという気持ちは常にあったので、会社が軌道に乗り始めた2021年から、規格外品のほうれん草を材料にしたパスタの開発を始めたんです。2年ほどの開発期間を経て、昨年完成したのが、ほうれん草やカボチャ、ニンジンの3種類の野菜と米粉を原材料にした『VEGE.PA(ベジパ)』という商品です」。

VEGE.PAは自社サイトをはじめ、道の駅や地元のスーパーなどで販売。最近では香港での展開の話も出てきているそう。

「商品を作るまでにも試行錯誤を繰り返しましたが、いざ作っても売る場所がなければ在庫を抱えてしまうだけになる。どこでどう売るかというのが6次産業ではとても重要だと思います。商談会に出たり展示会に出たり、色々な場所で営業をしていますが、並々ならぬ努力が必要だなというのは感じています。6次産業というと、とても聞こえがいいのですが、やるからには相当な覚悟と資本が必要だと思います」。

1次産業とはまた違う苦労を感じつつも、「やりたいと思ったことは絶対チャレンジするべき」と多川さんは語ります。

「やらない後悔よりは、やった後悔の方がまだいいと僕は思う。一度きりの人生なので。そして自分の経験が誰かの役に立てばいいなと思っています。北広島町内には、僕の後輩にあたる農家が5人ぐらいいますが、彼らに僕の経験を話して、それでも6次産業をやりたいと思えばやればいいし、しんどいなと思えばやらんかったらいいし。もし試作品を作りたいと相談されたら、うちが作るよと言って応援しますよ!」。

多川さんが語る、農業の魅力と可能性

最後に、多川さんが感じる農業の魅力を教えてもらいました。

 「日本の食を支えているという意味では、農業はすごく重要な仕事だと思います。ただ、それを日常で感じられるかというと、正直ほぼ実感はないです。種を蒔いて育ったものを収穫し出荷してって、自分の商品がどこのスーパーに並んでいるかもわからないなんてこともある。そんな中でも地域の人から作った野菜を『美味しい』と言ってもらえると、達成感ややりがいが出てきます。美味しい野菜を自分で作って自分で提供できて、それに対して反応がもらえるという仕事は、貴重だなと思いますし、働く喜びにつながると思います」。

また、農業の魅力は自由度の高さにもあると多川さんは語ります。

「自分でいろんなことを開拓できるのも、仕事としての農業の魅力。扱っているのが食べ物なので、需要は必ずあります。それをどこを狙って、どうやってアピールするか、自分で頑張ってブランディングしたり、売り先を見つけたりする努力をすれば、必ず実を結ぶ仕事のはずです」。

■「農業の魅力発信コンソーシアム」


農業の魅力発信コンソーシアムは、農林水産省の補助事業を活用し、農業現場で活躍する「ロールモデル農業者」との接点を通じてこれまで農業に関わりのなかった方が「職業としての農業の魅力」を知る機会を創るために、イベントの開催やメディア・SNSを通じた情報発信を行っています。
公式HP:https://yuime.jp/nmhconsortium/

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取材・文/安藤茉耶
編集:学生の窓口編集部

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