酪農ヘルパーから新規就農。阿江牧場Sunset Farmの阿江邦彦さんが語る農業の魅力

他の仕事に比べ、休日が少ないイメージのある農業。自然や生き物が相手の仕事なため、特に家族経営の小規模農家ではまとまった休みをとることは難しいでしょう。そんな農家の手助けとなるのが、酪農ヘルパー。いまや農業従事者のクオリティ・オブ・ライフ向上には、欠かせない存在です。 酪農ヘルパーの経験を経て、2021年に新規就農を果たした阿江邦彦さん。今回、お話を伺いました。
プロフィール
PROFILE

阿江邦彦(あえくにひこ)さん
1988年生まれ。兵庫県神戸市出身。非農家に生まれ育つが、自然が好きだったことから、兵庫県立農業高校の畜産学科に入学。その後、北海道江別市の酪農学園大学酪農学部酪農学科に進み、4年間を過ごす。大学卒業後は、酪農関係の企業を2社経験したのち、北海道久遠郡せたな町で酪農ヘルパーとして従事。そして2021年に新規就農し、阿江牧場Sunset Farmを設立。現愛は集約放牧という方法で牧場運営を行う。
#1.非農家出身、自然好きが高じて農業高校に進学
#2.大学4年間で、酪農家への夢がさらに具体的に
#3.酪農関係の企業を2社経験。妻からの一言を機に就農の道へ
#4.せたな町に移住し、酪農ヘルパーとして活躍
#5.2021年に新規就農。北海道では珍しい「集約放牧」にこだわる
#6.阿江さんが語る、農業の魅力と可能性
非農家出身、自然好きが高じて農業高校に進学
阿江さんは農家に生まれたわけではありません。父親は教師、母親も児童関係の仕事をしており、農業とはあまり接点のない環境で育ちました。
「小さい頃から生き物が好きだったんですよ。小学校では飼育係をやるようなタイプ。休みの日には両親が、自然の多い場所や、趣味で農園をやっている知り合いのところなどに連れて行ってくれていましたね」。
最初は亀といった小さい生物から、徐々に犬や猫なども好きになっていったという阿江さん。ただ、牛に関しては、高校に入るまで未知の生物だったようです。
「オープンキャンパスで初めて高校を訪れたときに、いろんな生物がいたんですよ。豚と鶏、牛まで飼っている高校だったんです。生物好きの僕にとっては最高な学校じゃないかと、入学を決めました。
初めて牛を見たときは、大きくて近づくのも怖いと思っていたのですが、実際に触ってみると穏やか。そして目つきが優しい。僕たちが飲む牛乳を草だけで生産できるという、彼女たちにしかない能力に強く惹かれていきました」。
兵庫県立農業高校の畜産学科に入学。その頃から「将来は酪農家になりたい」と思い始めたといいます。
大学4年間で、酪農家への夢がさらに具体的に
その夢は高校3年間でも変わらず、卒業後は、北海道江別市の酪農学園大学に進学。酪農学部酪農学科を専攻し、4年間、“酪農漬け”の日々を過ごします。
「漠然と広いところに出てみたいという気持ちがあって、北海道の大学を選びました。牛の行動学や栄養学などの座学をはじめ、週に数回は実習の時間もありましたね。大学2年生の夏休みには、酪農家さんのところに行って20日間寝泊まりしながら実習を受けるという本格的なカリキュラムもあったんですよ。今は必須ではないようですが、僕が大学生の頃は必修科目だったので、いわば登竜門みたいなものでしたね」。
授業だけでなく、サークル活動も牛一筋。乳牛研究会に所属し、毎日牛の世話や管理をして、研究に没頭したといいます。
「サークルでは、乳が出る前の若い牛を管理して、どのように育てれば健康な牛になるのかを研究していました。掃除の仕方や薬のやり方など、みんなで意見を交わしながら決定し技術の向上を目指す、という活動内容でした」。
酪農関係の企業を2社経験。妻からの一言を機に就農の道へ
こうして酪農家への道を順調に歩んでいた阿江さんですが、大学卒業後は就職という選択をしたのです。彼がすぐに就農という道を選ばなかったのには、理由があります。
「気持ち的には、卒業後すぐに牧場で働きたかった。ただ就職氷河期の影響もあり、自分が希望する牧場の採用がなく、上手くマッチングしなかったんです。そこで選択の幅を広げて一般企業の採用試験も受けることにしました。
実は僕が学生時代、あまり学んでこなかったのが、牛の繁殖の分野。苦手意識があったため悩みましたが、大学の実習以来お世話になっていた牧場の奥さんに、『あなたはまだ世の中を知らないのだから、若いうちはやりたいことだけでなく、やったことがないものに取り組みなさい』と助言をいただいたんです。確かにそうだなと思って、一般社団法人ジェネティクス北海道への就職を決めました」。
1社目となる「一般社団法人ジェネティクス北海道」は、牛の人工授精用の家畜凍結精液を扱う会社。阿江さんは十勝営業所に配属となり、販売営業の仕事に携わりました。
「現場の農家さんのもとに行くのは楽しかったですね。酪農といっても色々な飼い方をしていてすごく勉強になりました。専門知識を得ることも大事ですが、それよりも農家とどう関わるかが重要なのだと学びました」。
5年間経験を積んだのち、2社目となる当別町の酪農資材会社「ファームエイジ株式会社」に転職。そこで現在の妻となるうつきさんと出会います。
「そろそろ自分の目指す酪農を実現させたいと思い、準備も兼ねて転職をしたのでモチベーションは高い状態で仕事に打ち込めました。職場で出会った妻に『将来はこんな牧場を作りたいんだ』と話したとき、『素晴らしいけれど、いつやるの? 実現したいなら行動をしていかないとね』と、コンサルタントのようなことを言われまして(笑)。それに背中を押されて、妻と2人で本格的に候補地を探し始めたんです」。
せたな町に移住し、酪農ヘルパーとして活躍
「僕の高校時代の先輩が、せたな町の酪農家に嫁いだことを知って、妻と一緒に遊びに行ったんです。せたな町では農業の担い手を育成するために、町ぐるみで就業体験ツアーを運営していたので、これに参加し、2日間かけて牧場や観光地を回りました。景観もよく、酪農も盛んで、ここなら自分の理想とする牧場経営ができる。そう思い、移住を決めました」。
阿江さんは、2019年にせたな町に移住。まずはこの土地で色々な牧場をみてみたいと、地域おこし協力隊へ参加しました。その活動内容が、酪農ヘルパーです。
酪農ヘルパーとは、家族経営の小規模酪農家などが直面する、休みが取りにくいといった問題を解消するため、酪農家の要望に応じて朝夕2回の搾乳作業や牛舎清掃、餌やりなどの作業を代行する人のこと。現在は、地域内にある約40軒の牧場のうち、20軒ほどが頻繁に利用しているそうです。
「地域おこし協力隊への参加するタイミングで、ちょうど牧場の候補地が見つかっていたので、ある程度のゴール地点は決まっていたんです。1年目は酪農ヘルパーとしてさまざまな牧場のやり方を学ぶ日々。この頃ちょうど長男が生まれたばかりだったので、仕事もプライベートも目まぐるしく変わり、挑戦の繰り返しでした。会社員時代にも販売営業としてさまざまな酪農家さんのもとに行きましたが、見聞きしているだけでもどかしい気持ちもありました。だからこそヘルパーとして体を動かして体感できるのがうれしかったですね。刺激的な毎日を過ごしました」。
2021年に新規就農。北海道では珍しい「集約放牧」にこだわる
2年間の地域おこし協力隊の活動を経て、2021年、ついに新規就農。阿江牧場Sunset Farmを設立する際、阿江さんは新規就農者向けの支援制度を活用したといいます。
「僕は無利子で資金を貸し付けてもらえる青年等就農資金など、いくつかの制度を利用しています。借り入れた資金数千万円で、引退した酪農家さんが残した牛舎や搾乳機、トラクターなどの機器を譲り受けました。
また、北海道農業公社が行う農地保有合理化等事業も活用しています。離農した酪農家から15ヘクタールの牧草地を引き継ぐことができました。
農業を始めるには、大きな金額が必要になる。僕が貯めてきた貯金だけでは到底足りなかったので、新規就農の支援制度が充実していたのは、本当に助かりました」。
就農して早4年。阿江さんは現在、集約放牧という手法で牧場を運営しています。
「うちの牧場では、放牧を主体として生産を続けることを目標としています。中でも今、行っている集約放牧は、緻密な計算が必要になる放牧方法です。道内でもこの手法をとっている酪農家は少ないと思います。ある程度牧場の面積が広ければ、必要はない手法かもしれませんが、うちはコンパクトな牧場なので、この手法がベストだと思っています。
具体的には、15ヘクタールの牧草地の一部を10アール程度の小さな区画で最大30区画に区切り、牛たちをローテーションで移動させるんです。そうすると草丈をコントロールでき、牛たちが常にベストな栄養状態の草を食べられる。それと同時に、他の区画の牧草を休ませる間に草の再成長を助けられるんですよ。計算が必要ですが、緻密な管理のもと、牛を育てることができます」。

阿江さんが語る、農業の魅力と可能性
阿江さんの仕事の原動力になるのが、家族との時間。
「1番は家族で過ごせることが大事。妻や子供との時間を持てないなら、牧場をやっていても仕方がないし、そういう時間があるからこそ、今この仕事をやり続けられています。
家族経営の牧場なので、やはり休みは取りにくい。体を休めたり、子供を連れてどこかに出かけたりするときには、僕自身、酪農ヘルパーを活用しています。ヘルパーなしでは、僕はこの業界を目指していなかったかなと実感しているくらい。次世代にも広がっていってほしいと思っています」。
最後に、阿江さんが感じる農業の魅力を教えてもらいました。
「農業、特に酪農は自己表現がしやすい仕事。牛たちに草をどのくらい食べさせるか、どんな育て方をするか、厳密なルールはありません。色々な技術が存在する中で、どういう手法をとるか、仕事への取り組み方も自分自身で決められるんです」。
酪農には、自然と向き合う仕事ならではの面白さもあると語ります。
「本当に、自然ありきの職業なので、自然を観察することで得られる発見はとても多いなと思います。気温や農地の変化などを、未熟ながらよく見て、放牧のアプローチ方法を変える。それが牛の成長や牛乳として返ってくるのが面白いと思います」。
■「農業の魅力発信コンソーシアム」
農業の魅力発信コンソーシアムは、農林水産省の補助事業を活用し、農業現場で活躍する「ロールモデル農業者」との接点を通じてこれまで農業に関わりのなかった方が「職業としての農業の魅力」を知る機会を創るために、イベントの開催やメディア・SNSを通じた情報発信を行っています。
公式HP:https://yuime.jp/nmhconsortium/
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取材・文/安藤茉耶
編集:学生の窓口編集部
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