「スポーツ」を科学するってどういうこと? 「スポーツ科学」の研究者に話を聞いてみた #学問の面白さ
"Education is a progressive discovery of our own ignorance."
– Will Durant (勉強とは自分の無知を徐々に発見していくことである。)
あまり勉強に熱が入らない大学生も多いのではないだろうか。もしそうなら、かなりもったいない。この連載では、勉強する意味を見出せていない諸君に向けて、文系・理系の様々な学問を探求する「知的好奇人」達からのメッセージをお届けする。ちょっとした好奇心が、諸君の人生をさらに豊かにしてくれることを祈って
今回の"知的好奇人"は?
今回お話を伺ったのは、早稲田大学スポーツ科学部の教授・中村好男先生です。スポーツ科学という学問の魅力や、先生がこの分野に携わるようになったきっかけなどを伺いました。
「スポーツ科学」はスポーツをテーマにしたあらゆる研究
――まず、中村先生が研究されている「スポーツ科学」について教えてください。
「スポーツ科学」とは、スポーツを好きな人が、よりスポーツを楽しめるようになるにはどうすればいいのか、その方法を考える学問です。
例えば、スポーツをしている人の場合は、足が速くなるための方法や、もっと上達するための方法。また、スポーツを見ている人に対しては、どうすればより楽しんでスポーツ観戦ができるのかを研究します。
――スポーツを行う人だけでなく、観戦方法も研究対象なのですね。
見る人がより楽しめるコンテンツを作ることができれば、プレーする側のモチベーションにもつながりますから、観戦方法は非常に重要です。スポーツに興味がない人に関心を持ってもらうための仕掛けを考えることも、スポーツ科学の研究の一つなのです。
それともう一つ、「健康の維持・増進」も重要な研究です。極端な話ですが「寝たきり」になったとしても、スポーツを楽しむ方法を考えています。
このように、スポーツ科学とは「スポーツをキーワードにしたあらゆる研究」を含みます。
――その中で、先生が主に研究されているのは何でしょうか?
「スポーツを通した高齢者の生きがいづくり」ですね。年齢を重ねても元気に過ごせる体作りの方法や、気持ちの持ち方、高齢になっても楽しんで過ごせる社会作りをテーマに研究しています。
スポーツが好きなら誰もが研究者
――スポーツ科学の魅力は何ですか?
「スポーツが好きであれば誰でも参加できる」という点でしょうか。
研究者やずっとそのスポーツを実践してきた選手だけでなく、メディアや広告代理店といった、スポーツを支える人たちなど、あらゆる業界の人が一緒になって研究を行い、スポーツの発展に貢献できます。
――専門の研究者以外も取り組めるのですね。
あらゆる企業がスポーツと関連している時代です。それだけに「さまざまな出会い」の機会が得られ、見識が広められるのも、この研究の魅力ですね。
東京オリンピックをきっかけに、今後スポーツに関心を持つ人がますます増え、スポーツの輪が広がるはずですから、より大きくスポーツ文化が発展できるように貢献したいですね。
成り行きでスポーツ科学の道に入る
――先生は東京大学で「体育学」を学ばれていますが、そもそも、なぜ体育学に興味を持ったのでしょうか?
実は「成り行き」なんです。高校時代は数学や物理がよくできたので、大学では工学部に進もうと思っていました。
しかし、2年次の学部選択の際に、得点が足りずに第1希望の学科に進めず、適当に書いた第3希望の「教育学部体育学科」に決まってしまいました。
片仮名4文字で「タイイク」と書いてあるのを見て、しばらく頭が真っ白になりましたね。
――適当に書いた第3希望では、前向きに受け止められなかったでしょうね。
人生が終わったかのようなショックを受けました。ただ、受け入れないとどうしようもないので、体育学科のガイダンスに行くと、体育学科の教授が「ここでは部活をしっかりしていれば大丈夫」という話で、「これは渡りに船だ!」と思いましたね。
というのも、私は馬術部の活動が中心の日々を送っていたのですが、全日本優勝を目指していたので、極力部活動を休みたくありませんでした。
「教育学部体育学科」は、部活動に一生懸命ならOKだったので、結果的に年に5、6回しか本郷キャンパスには行かなかったですね。
――今では考えられませんね(笑)。では、体育学からスポーツ科学にはどのようにつながったのでしょうか?
スポーツ科学を研究することになったのも、実は「成り行き」です。
当時は部活動に一生懸命で、就職するのも何か違うと思っていたので、「じゃあ大学院に進もう」と思いました。
それで博士課程で学んでいるときに、早稲田大学に「スポーツ科学部ができる」と聞いて、助手に応募して、現在に至るわけです。
――何か大きなきっかけがあって……というのではないのですね。
消極的に研究の世界に飛び込んだのです。大学の授業も単位が取れたらそれでいいという考えでしたしね。でも、振り返るとちゃんと勉強しておけばよかったなとは思います。
ただ、部活動に一生懸命に取り組み、それがきっかけで意外な進路ができました。なので、もしこれという目的がなかったとしても、何でもいいので一生懸命に取り組み、与えられた運命から逃げないようにすれば、人生の岐路に立ったときでも、何とかなるんじゃないか……そう思います。
目標を探し、それに向かって進むことも大事ですが、こだわり過ぎずに目の前の課題に愚直に取り組めば、思いも寄らない出会いが訪れるはずです。
大学で学んだことが大きな財産になる
――昨今、大学で学ぶことに意味を見いだせない学生が増えています。先生はどう思われますか?
確かに今の学生たちは、消極的というか、刺激を与えられるのを待っている傾向にあると思います。
授業でもすぐにスマホを見ていますし、授業に集中していない学生が多いですね。私たちが何か刺激を与えないと、すぐに逃げてしまいます。
ただ、大学で学ぶ全てが「意味がないもの」「つまらないもの」ではないことだけは理解してほしいです。
目の向け方次第で興味や刺激になるでしょうから、まずは目を背けず、どんなことにでも向き合う癖をつけてもらいたいですね。そうすることで、自分が一生懸命取り組めることが見つかるかもしれません。
また、今の学生たちは「自己実現すること」に飢えていると思います。
ただ、彼らが興味を抱くもの、面白いと感じるものが与えられていない状況なので、つまらない、不条理、自分にとって都合が悪い、と思ってしまうのです。
でも面白いものはそう簡単に与えられたりはしません。ではどうすればいいのかというと、「自分が楽しむ」しかないのです。
――逃れられないのなら、そうするほかにないですね。
世の中は自分のためにあるものではないですし、社会人になって急に面白いと思えることに出会えるとは限りません。
とにかく立ち向かってほしいです。「立ち向かっている自分の姿をかっこいい」と思えるような自分になってほしいですね。
例えば、お正月の箱根駅伝を見てください。そこで走った学生たちの苦しんで走った経験や、本番に至るまでの努力の日々は、人生の大きなこやしになります。
学生生活も同じで、つまらない、面白くない、思いどおりにいかないと思ったことでも、社会人になって振り返ったときに大きな喜びになるはずです。
苦しみから逃れたところには喜びはありませんからね。
――ありがとうございました。
成り行きからスポーツ科学の道に入ったという中村先生。スポーツ科学は「理系」に分類される学問ですが、理系・文系にこだわらず「スポーツが好き・興味がある」という人なら誰もが参画できる、間口の広さが魅力とのことでした。
また、「待っていても面白いものは与えられない」「自分で楽しむしかない」という話も興味深いものです。大学で学ぶことに意味がないと漫然と学生生活を送っている人は、目の前のことから目をそらさず、楽しむという気持ちを持って取り組んでみてはいかがでしょうか?
(中田ボンベ@dcp)
【中村好男先生プロフィール】
早稲田大学スポーツ科学部教授。教育学博士。1987年、東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。1998年より健康増進の実践研究に着手。ウォーキングを通じたヘルスプロモーションの研究を進める。2004年より現職、高齢者の介護予防に関する研究に着手。日本スポーツ産業学会・理事、日本ウォーキング学会・元会長。