SF映画が現実に! 世界初「培養ステーキ肉」研究の第一人者から未来の研究者へ
未来の荒廃した世界を描いたディストピアSF映画には必ずといっていいほど「食料も人造のものばかり……」という設定が登場します。人工食料は、「暗い未来」の象徴として描かれることが多いようです。
しかし、人工食料は悪いことばかりではありません。例えば食用肉を人工的に作ることが可能であれば、畜産のように広い土地を必要とせず、食料難にも対応できるのです。
みなさんは、現在人造培養肉(以下「培養肉」)の研究が劇的に進んでいることをご存じでしょうか? しかも、日本にはトップランナーの研究者が東京大学にいるのです!
「培養ステーキ肉」が作れる時代が来た!
2019年3月22日、牛肉由来の筋細胞を用いた「サイコロステーキ状のウシ筋組織」を世界で初めて作製することに成功した、という発表がありました。
これは『東京大学 生産技術研究所』の竹内昌治教授の研究グループと、日清食品ホールディングス株式会社による共同研究の成果です。
発表されたサイコロステーキ状の培養肉(1.0cm×08.cm×07.cm)
発表後は「カップヌードルに入っている謎肉が培養肉になるのでは?」といった憶測が出るほど反響がありました。
培養ステーキ肉がおいしく安価であるのなら「一度は食べてみたい!」という人も多いのではないでしょうか。
また食肉の生産は環境負荷が大きいので、培養ステーキ肉ができれば自然環境にもよい影響を与えそうです。さらに、人口増加によって問題とされる、食料難の解決策にもなるでしょう。
実際の実用化に向けては、まだまだ多くの基礎研究が必要ですが、SF作品によく登場する「培養肉」が本当に作れる時代がやって来たのです!
研究テーマは「バイオハイブリッド」!
今回の発表を行った東京大学 生産技術研究所 竹内昌治教授にお話を伺いました。
――竹内先生の過去の研究を拝見していますと、一貫して「生体」を利用したシステムを考えていらっしゃるようですね。
竹内教授 わたしが行っている研究をひと言でいえば「バイオハイブリッド(Biohybrid)」です。生体と機械のいいところをミックスさせて、新しいシステムをつくろうという研究です。
――バイオハイブリッドというのは新しい言葉ですね。
竹内教授 わたしは工学者ですから、工学を用いて世界をよくしていきたいと考えています。しかし、生体と同じような優れた機能を持つデバイスは、いまだ開発されていません。
生体は自己修復機能があり、増殖機能を持ち、自身のメンテも行う、これは夢のデバイスです。また、エネルギー効率も大変優れています。
人間の脳は(電力換算で)わずか20ワット程度のエネルギーしか消費しないといわれています。
――それは驚きですね。
竹内教授 生体と同じような機能を持つデバイスを完成させることは非常に難しいことで、そこまでいくには長い時間がかかるでしょう。
ならば「生体をそのまま利用することはできないのか?」「生体のいいところを工学利用はできないか?」というのが、バイオハイブリッドの基本的な考え方です。
――「工学利用可能な生体組織を作る」という研究には大きな可能性があるのですね。
竹内教授 例えば、イヌの嗅覚は非常に鋭敏で「がん患者をかぎ分ける」「隠された麻薬を探知する」といった報告例が知られています。
イヌの集中力は15-60分程度といわれていますので、24時間連続して機能する嗅覚センサーを人工的に作れたら、利用シーンも大きく広がるでしょう。
また、人間の臓器と同じ機能を持つ組織が作れたら、新薬の開発に大きく貢献するでしょう。
現在は、製薬会社が一つの薬を開発するのに、数百億といった莫大な資金を投じていますが、マウスや人体での実験という過程を、その人造臓器を利用することで代替できるかもしれません。
――では、今回発表されたのは「培養肉」について教えて下さい。
竹内教授 培養組織の利用法の一つとして「食用培養肉」があるというわけです。食用肉が作れれば、食料難に備えることができますし、牛や豚も死ななくて済みます。
また飼育をする際に必要な大量の水や温室効果ガスを削減するなど、環境負荷を減らすことも可能でしょう。
大学生のころから「バイオハイブリッド」を考えていた
――竹内先生が「バイオハイブリッド」の研究を始めたきっかけは?
竹内教授 約20年前、わたしが大学4年生のころ、東京大学産業機械工学科で三浦宏文教授の研究室(三浦・下山研究室)に所属しており、「動くロボットをつくりたい」と思っていたんです。
当時、三浦先生は「昆虫規範型ロボット」という昆虫の基本的な機能を抽出してロボットを設計するという研究をされていたので、三浦先生からは「昆虫の動きを徹底的に観察し、本質を抽出したロボットをつくりなさい」と言われていました。
それで、昆虫の6足歩行を一生懸命観察したのですが、非常にしなやかで柔らかな動きをすることに驚きました。
この歩行をロボットで再現するにはどうしたらいいのか……一生懸命考えたのですが、当時のわたしの力ではどうにもならなくて。
それで、再現が難しいのであれば、そのまま使ってしまえというので、生体の一部を切り出して、ロボットに組み込んでみたらどうかと思ったのです。
――三浦先生はなんと?
竹内教授 普通の教員ならやめろと言ったかもしれませんが、三浦先生は「面白いからやってみればいい」とおっしゃってくれました(笑)。
そこで、紙コップを切り出したボディに、実際の昆虫の脚を使った歩行ロボットを作製したのですが、生き物のような柔らかな動きをしたことに驚かされました。
それで「生体と機械の組み合わせには可能性がある!」と気づいたんですよね。
――すると大学時代からすでに「バイオハイブリッド」について考え始めていたと。
竹内教授 もちろん当時は「バイオハイブリッド」という言葉はありませんでした。
下山助教授(当時)が、わたしの作製したロボットを見て「これはハイブリッドロボットだね」とおっしゃったのですが、「ハイブリッドって何ですか?」と聞き返したぐらいです(笑)。
自動車のプリウスが登場する前でしたから。
「異なるジャンルの研究者」と共同作業を行うのが面白い!
――竹内先生が思う、研究の「面白さ」とは、どんな点でしょうか?
竹内教授 「異分野融合型」の研究である点でしょう。
わたしの研究室では、機械のことだけ、生体のことだけ考えるのではなく、「機械」、「生物」、「化学」、「医学」などの研究者が、みんな一緒になって考えるのです。
それぞれの専門家から出るが意見がミックスされ、それが融合したときに、とても斬新なアイデアが生まれます。それが非常に面白い点です。
わたしの研究室では、この異分野融合型の思考を「Think Hybrid」と呼んで、スローガンにしています。
竹内研究室のスローガンロゴ「Think Hybrid」。
――竹内先生の研究室には多ジャンルの研究者が集まっているのですか?
竹内教授 研究室には約70名が所属していますが、それぞれが専門分野を背負って参加し研究を進めています。だいたい常に30テーマ以上の研究が同時に走っていますね。
――それはすごい。異分野の専門家が集結しているのは楽しそうですね。
竹内教授 でも大変ですよ。「お前がわからなかったら、おしまいなんだからな!」と、それぞれ自分の専門分野については責任がついてまわります(笑)。
なので、もしわからないことがあれば、関連研究室や学会に聞きに行くことも、よくありますね。
今回取材にお邪魔した東京大学駒場キャンパスにある竹内研究室での1カット。みなさん本当にいい笑顔でした。
好きなので「つらいこと」はない!
――逆に、この研究でつらいと思うことはありますか?
竹内教授 好きでやっていますので、特につらいことはないですね。
実験を行って結果が出ないとすごく悩みますが、これは研究者なら誰もが経験することですし、そこでつらいと言っているわけにはいかないですよね。
――なるほど。好きなことだからつらさはない、と。
竹内教授 そういうものだと思いますよ。
「バイオハイブリッド」が開く未来
――「バイオハイブリッド」研究の将来についてどのようにお考えでしょうか?
竹内教授 生体の機能を利用することができれば多くのイノベーションを起こせるでしょう。
例えば、先ほど挙げた「創薬」のジャンルでは、投薬実験によりたくさんの動物の命が失われています。
ただ、これも代替する培養臓器を作成することで、動物実験が不要となるのです。そのため、新薬の開発期間が短くなり、コストを抑えることが可能となります。
培養組織の利用は再生医療の世界でも注目されています。病気や事故で組織や臓器を失った際には、それを代替する培養組織を移植するのです。
――竹内先生の研究室では「筋肉で動くロボット」※1の研究成果も発表されていますね。
竹内教授 工学的手法を用いて骨格筋組織を作り、それを利用したバイオハイブリッドロボットです。
研究を進めていけば、将来的に神経刺激で駆動するバイオハイブリッドロボットが作れるかもしれません。
体外で作製でき、移植可能なハイブリッド義手・義足を作れる可能性があります。
――培養肉の将来も楽しみです。
竹内教授 食用の培養肉が大量生産できれば、食料難に対する一つの回答になるでしょう。現在はステーキ肉を作っていますが、ゆくゆくは魚も作れるといいな、と思っています。日本人ですからね(笑)。
――「水産資源の枯渇」が叫ばれていますので、ぜひお願いします! バイオハイリブッド研究は、医療、食、環境などさまざまな分野で可能性がありますね。
※1⇒論文掲載:『Science Robotics』「Biohybrid robot powered by an antagonistic pair of skeletal muscle tissues」
「これだ!」と思うテーマをつかんでいるならGO!
――当サイトは現役の大学生から、大学進学を目指す高校生まで、たくさんの方に読まれています。最後に研究者になりたいと思っている読者に向けて、アドバイスがありましたらぜひお願いいたします。
竹内教授 研究は、素質や向き不向きよりも「その研究がいかに好きか」でカバーできると思っています。
研究を行うというのは、百や千の失敗を積み重ねるということです。しかし、自分が好きで行なっている研究テーマであれば、失敗が続いているときでも、次はこの方法、その次はあの方法など、次々とアイデアが出て、あまり苦にならないものです。
また、いかに研究者向きの素質があったとしても、アタックし続ける気概がなければダメなんです。逆にいえば素質がなかったとしても、研究し続けることができれば誰でも何らかの成果は上がります。
つまり、進みが遅くても、続けていれば必ず高いところまではいける。
それが研究のフェアなところだと思います。
ですから、もし何か「これだ!」と思う自分自身の研究テーマを持っているなら、それを突き詰める方向で考えるべきだと思います。
日本は少子化が進んで人口が減っていきますので、大学の数が減り、ポストが減っている状況になっています。ただ、研究というのは大学だけで行われているわけではありません。企業でも研究は行われていますし、また海外に目を向けるというのも一つの選択肢です。
好きなことを突き詰めるために、いろいろな方法を考えてみましょう。
――ありがとうございました。
竹内教授の「バイオハイブリッド」研究は、生体と機械を融合させるというSFさながらの最先端のもの。工学的手法を駆使して作製される培養組織、また培養組織を用いた工学システムは、わたしたちの生活にも大きな影響を与えそうです。竹内研究室から発表される論文にはこれからも要注目ですね!
(高橋モータース@dcp)
東京大学 生産技術研究所/大学院情報理工学系
研究科知能機械情報学専攻
教授 博士(工学)
専門分野:バイオハイブリッドシステム
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