是枝監督が「無駄なことを沢山したほうがいいよ」と大学生に伝えたい理由|あの人の学生時代。#26
著名人の方々に大学在学中のエピソードを伺うとともに、今の現役大学生に熱いエールを贈ってもらおうという本連載『あの人の学生時代。』。今回は、第71回カンヌ国際映画祭最高賞のパルムドールを、日本人監督としては21年ぶり、史上4人目に受賞された映画監督・是枝裕和さん。現在、母校である早稲田大学で教授としてもご活躍の是枝監督に、公開中の映画『万引き家族』について、また自身の大学時代についてのお話を伺いました。
インタビュー・文:落合由希
写真:島田香
INDEX
1. 「大学時代は、毎日映画館に通っていました」
2. 「卒業したら映画監督になるので、単位をください!」
3. 「そんなに僕の言ってることを信用しないでほしいなと思って」
4. 「犯罪でつながった家族」を映画で描こうと思った理由
5. 劇伴・細野晴臣さんには、オファーを断られそうだった
「大学時代は、毎日映画館に通っていました」
――是枝監督は早稲田大学の第一文学部に行かれていたそうですが、大学・学部選びの理由はなんだったんですか?
小説を書こうと思っていたので、文学部の文芸学科に入ろうと思いました。元々は小説家志望だったんです。
――そんな大学時代に是枝監督がいちばん夢中になっていたことはなんですか?
映画です。なんか、大学に入って1カ月で授業に行くのは挫折しちゃったんですよ。大学がつまんないと感じてしまって。それからは基本、毎日映画館に通っていました。
――つまらなかったんですか?
つまんなかったですね(笑)。まぁ、いい大学なんですけど。だから僕、入学してからも大学にはほとんど通ってないんです。なぜ挫折してしまったかというと、高校がすごく自由だったから。都立武蔵高校という学校に通っていたのですが、今思えば「なんであんなことが許されたんだ?」っていうぐらい、当時は校風がめちゃくちゃ自由で。そんなに授業に出てなくてもOKだったんですよね。
――え、そんな高校あるんですか(笑)?
変でしょ? といっても、今はもう中高一貫の進学校になっちゃいましたけど。
――単位はちゃんと取れていたんですか?
「このままだと単位もらえないから、ちょっと授業に出てきなよ」って担任の先生が声をかけてくれました。都立高校なのに(笑)。そのときの担任の先生は「僕の授業よりもおもしろいと思う映画やコンサートとかがあるんだったら、そっちに行ってもらってかまいません」っていう考えの方だったんです。
――なんだか素敵ですね。
本当に自由な高校でした。その後、大学に進学して、僕は小説だけ書きたかったんです。小説を書く勉強だけしたいと思ってたのに、週に6時間も語学の授業があって。英語が週に2時間と、第二外国語が週に4時間。第二外国語は「もうアルファベット見るの嫌だな」と思って中国語を選んじゃったんです。そしたら、その中国語の授業は出席を取るんですよ!
――出席は、ふつう取りますよね(笑)。
高校では取らなかったから(笑)。しかも、その中国語の先生は、チャイムが鳴るまでに教室に入らないとドアを閉めちゃうんです。僕は、遅刻が習慣になっちゃっていたから、いつも入れませんでした。当時は「なんで出席取るんだろう?」「大学まで来て、そんなに成績よくしてどうするんだろう」とも思ったし。「みんな本当に中国語がやりたいの?」って聞いて回りたいぐらいでしたね。
――大学最初の1年は、語学や一般教養の授業が特に多いですよね。
そう、それを乗り切れなかったんです。結局、中国語の教室にも入れないから、居場所がなくて、大学のそばの映画館で時間をつぶしていました。そしたら映画にハマっちゃったんです。
――それが今につながっていると思うと、逆によかったかもしれませんね。
そうですね。感謝してます。
「卒業したら映画監督になるので、単位をください!」
――大学生活の中で思い出深いエピソードを伺いたいのですが、それは授業やサークルのことではなく……?
映画ですね(キッパリ)。基本、毎日映画館に通っていたから、卒業までに5年かかりましたけど(笑)。
――逆によく5年で卒業できましたね(笑)。
当時は、レポートだけ出せば単位をくれる授業の情報が回ってきたんですよ。そういう授業だけ取って、どうしても試験に出なければいけなかったときは、「僕は卒業したら映画監督になるので、単位をください!」って解答用紙に書いて出しました(笑)。
――メチャクチャですね(笑)。
それでも、当時の教授は単位をくれました! 一度も授業出ていないのに。
――その単位をくれた先生、もしかしたら今は誇らしく思っているかもしれないですね。
だといいけどなぁ。まぁ、覚えてないだろうけど。
――大学時代の経験が現在の仕事に生きてるなぁと思うことというのも、もちろん……。
映画を観ていたことですね。大学時代というのは、自分が一生付き合っていける「何か」を見つけるための時間だと僕は思っていたので、その「何か」が見つかってよかったです。そして、それが実際に職業になればベストだと思いますけどね。
「そんなに僕の言ってることを信用しないでほしいなと思って」
――現在は母校である早稲田大学で教授をされていますよね。
信じられないですよね。今は、毎週大学に来てますから(笑)。教授になって4年目ですが、たぶんもう、学生時代の5年間で通った出席日数を超えてると思います。
――すごい! 教授という立場から見た大学生は、是枝監督にはどう見えているんですか?
真面目すぎる! 「大学って、そんなにおもしろい?」って聞いちゃうよね。
――でも、ご自身の講義を真面目に楽しんで聞いてくれていること自体はうれしくないですか?
そんなに僕の言ってることを信用しないでほしいなと思って。大人の言うことをそんなに信用しないほうがいいと思う。なんか今、早稲田(大学)の子とか特にそうだと思うんですけど、「どう自分を早く社会に適応できるようにしていくか」っていう順応度を競っている印象をすごく受けます。
――「早く社会に順応する」という意味では、最近は学生のうちに起業する人も、是枝監督が学生の頃よりも増えたのではないでしょうか。
起業するのもいいことだけれど、意外とみんな「どうしたら最短距離を走れるか」ってことを考えている気がして、なんかもうちょっと無駄があっていいのに……と思っているんだけど。でも、そんなふうに学生に思わせてるのは、たぶん大人たちに魅力がないからっていうか、きっとそういう仕事の仕方を見せてしまっているからだと思いますね。大人のひとりとして、反省しています。
――教授としては、そんな大学生たちを変えたいな、と思いますか?
思いますよ。いや、そんなに偉そうに思っているわけじゃないけど、やっぱり思います。
「犯罪でつながった家族」を映画で描こうと思った理由
――これまでにもいろんな家族の形を描いてこられた是枝監督ですが、今回『万引き家族』で、「犯罪でつながった家族」を描こうと思ったのはなぜですか?
2013年に『そして父になる』を作って、そのときに考えていたのが「家族は血なのか時間なのか」っていうこと。それを福山(雅治)さんに背負わせて二者択一を迫るというような映画だったんですけど、あれが終わって、じゃあ次はどんな問いを社会に投げかけようかと思ったときに、血がつながってないけど家族になろうとする人たちの話を書いてみようかなって思ったんです。産んでないけど母になろうとする、父になろうとする人たちの話を書いてみたいっていうのがストレートに出てきました。じゃあ血縁じゃなくて何でつながっている話にしようか考えたときに、「犯罪」っていうのをなんとなく思いついたんですよね。「親が子どもに犯罪を教えながら暮らしている」っていうのがこの映画を作るにあたってのスタートのアイディアです。
――もしかしたら、そんな家族がどこかに本当にいるかもしれないですよね。
そうですね。3年ぐらい前に年金詐欺の不正受給の話が話題になって。貧困層の家庭で、年老いた親が亡くなっても死亡通知を出さずに、年金をもらい続けていたっていう実際にあった事件。あと、関西のほうであった事件で、家族で万引きをしていて、ほとんどの商品は全部お金に換えていたんだけど、釣竿だけは盗んだまま家に置いていたらしくて。そこから足がついて逮捕された家族の裁判が始まったっていうニュースも見たんです。
――その家族は釣りが趣味だったんでしょうか?
そうそう。そのニュースを見たときに、「きっと釣りが好きだったんだろうな」って考えてたわけ。そうしたら「盗んだ釣竿で親子が釣り糸を垂らしている」っていうビジュアルイメージだけが先にできたんです。映画の中ではちょっとシチュエーションを変えましたけど、同じようなシーンが登場します。そういうイメージがひとつひとつ埋まっていって、今回の『万引き家族』という映画になりました。
――なるほど。カンヌで映画を観た人たちの感想に、「この家族の一員になりたい」というものが多かったそうですが、そういう感想を持たれることについては、どうお考えですか?
たぶん、それは単純な共感ではなくて、「とはいえ彼らは犯罪者だし」っていう視点もあると思うんです。結果的に裁かれなければいけないから。そうした相反する2つの感情で観てくれるといいなと思っていたんですよね。単純な排除ではない、単純な断罪ではない、単純な共感ではない、そこに引き裂かれながら観てもらう。
――私も観ていて、うっかり「この家族楽しそうだな」ってほっこりしそうになったんですが、「いやいや、違う違う!」って思いました(笑)。
そこは狙い通りです(笑)。
――「この家族の一員になりたい」って思った人は「楽しそう」という気持ちが勝っちゃったのかもしれないですね。
そうだよね。たぶん今はもう日本では、作中で描いているような3世代同居の家って数少ないでしょう。すごく汚いし貧乏だけど、いまどき珍しい家族構成だということもあって余計に「一員になりたい」と思うんじゃないでしょうか。
――今回の映画の中では、妻役の安藤サクラさんの演技が特に印象的だったんですが、安藤さんを起用されたのは、たまたま街で出会ったのがきっかけというのは本当ですか?
それは本当。最初、(安藤さん演じる)信代さんの役の設定年齢は40代半ばぐらいだったから、もう少し年齢が上の方で配役を考えていたんですよね。だからキャスティング候補のリストにも入ってなかったんですけど、たまたまご本人と街で会って話しているときに「あ、安藤さんを信代さんにする案もあるか」と思って。調べてみたら、夫役のリリー(・フランキー)さんとは22歳も年が離れていたんですけど、なんとなく勘がはたらいて「これはいけるのかも」と思ってオファーしました。やはり安藤さんは素晴らしかったですね。
――本当に素晴らしかったです! それと今回劇中では、いろんな形で登場する「名前」がキーワードのように出てくるなと感じたんですが、「名前」というものについて、どのようにお考えですか?
実は、最初に自分でつけたこの映画のタイトルが『声に出して呼んで』だったんです。それは、父ちゃん母ちゃんっていう呼び名もそうですけど、「名前を呼びあう」っていうことが結構キーになるかなと思ってつけたタイトルなんだよね。それで作中でも、多くの登場人物が2つの名前を持っていて、みんな本名ではない名前で暮らしている、っていう形にしたかったんです。
――なるほど、それで名前が複数あったりしたんですね。特に物語の終盤、信代が池脇千鶴さん演じるある人物から「子どもたちからなんて呼ばれていたんですか?」と聞かれる場面が切なかったです。
実はあのシーンは、台本がないんです。安藤さんにはただ座ってもらって、僕がホワイトボードで書いた質問を、安藤さんの正面に座っている池脇さんに見せては消して、またひとつ質問を書いて、見せては消して……を繰り返しているんです。
――本当にあのシーンの信代にはなんともいえない気持ちにさせられました。
そうなんですよね。(カンヌ国際映画祭 審査委員長の)ケイト・ブランシェットもそう言っていました。
劇伴・細野晴臣さんには、オファーを断られそうだった
――ところで今回、念願叶って細野晴臣さんに劇中の音楽を依頼をされたとのことですが、いかがでしたか?
最初、打ち合わせに行ったときに「これ、ドキュメンタリーを観ているみたいな映画だから、音楽はいらないんじゃない?」って言われて、「やばい! このままじゃ引き受けてもらえない!」と思って(笑)。その後に「でも、どこか寓話性を持たせていたりもして、海の底に小さな魚が寄り集まって水面を見上げているみたいなイメージもある。そういう部分では、目指した寓話性みたいなものを音楽の力で膨らませてください」といったお願いの仕方をして、なんとか作っていただきました。
細野さんの音楽は本当に素晴らしかったですね。なんだろう、不思議な……ベッタリしてないのがいいんですよね、映像と。いい意味での違和感があったり。細野さんは「見終わった後にメロディラインが残らないような映画音楽というのが理想なんです。だから今回はそういう方針でやってみました」っておっしゃってましたよ。
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最後に、今の大学生に一言メッセージをお願いすると、「こういうの、いちばん苦手なんだよね〜」と少し困りながらも、「無駄なことを沢山したほうがいいと思うよ。若いんだから」という言葉を書いてくれた是枝監督。ご自身の大学時代を振り返って、最短距離を目指すより「無駄なこと」をすることで得るものもあるはず、というメッセージを贈ってくださいました。
これえだ・ひろかず●1962年6月6日生まれ。東京都出身。95年、『幻の光』で監督デビューし、ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。13年の『そして父になる』では第66回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した。おもな監督作品に『ワンダフルライフ』、『誰も知らない』、『海街diary』、『海よりもまだ深く』、『三度目の殺人』などがある。現在、早稲田大学理工学術院教授を務める。エグゼクティブプロデューサーを務めるオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』が2018年秋に公開予定。
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『万引き家族』大ヒット公開中!
原案・監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:リリー・フランキー 安藤サクラ
松岡茉優 池松壮亮 城桧吏 佐々木みゆ
緒形直人 森口瑤子 山田裕貴 片山萌美 / 柄本明
高良健吾 池脇千鶴 / 樹木希林
配給:ギャガ
(C)2018 フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
公式サイト:http://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku/
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文:落合由希
写真:島田香