小さい頃から絵を描くことが好きで、絵の仕事をしたいと思っていたというタムラコータロー監督。高校時代にアニメーションの世界に飛び込むことを意識し始めたという彼は、今、アニメーション映画『ジョゼと虎と魚たち』の監督として目の前にいる。
今作を「大学生や新社会人の世代の方にいちばん観てもらいたい」と思って製作したというタムラ監督。つまり、映画の内容そのものが監督からの大学生世代へのメッセージでもあるのだ。
そんな彼が大事にしているものは、ズバリ“物語の力”。「物語がもつ力が、きっと生きる指針(コンパス)になる」。今作が物語の力を信じるきっかけになってほしいというタムラ監督の大学生世代へのメッセージを、ぜひ受け取ってもらいたい。
ーータムラ監督はどういった経緯でアニメーション映画業界でお仕事をされるようになったんですか?
タムラコータロー監督(以下、タムラ):それまでもアニメ業界で仕事はしていたんですけど、映画としては細田守監督の『おおかみこどもの雨と雪』という作品で助監督として携わらせてもらってからですね。そのときに「映画っておもしろいな」と思って。それまでは、映画をものすごく作りたいと思っていたわけではなく、アニメが作れればそれでおもしろいなと思ってたぐらいだったんですけど、細田さんの下でやってみて「(映画というのは)よりいろんな人に観てもらえる世界なんだな」と思ったとき、映画をやってみたいと感じたんです。
ーー監督が20代前半の頃は、どんな夢を持っていましたか?
タムラ:その頃はもうアニメーションの仕事がしたいと思ってました。わりと早い段階でやりたいと思ってたんで、「どう(アニメ業界に)入ろうかな」っていうことばかり考えてたんですよね。僕、大学に行かなかったんです。大学に行って、自分の夢に近づける感じがあんまりしなかったというか、逆にちょっと遠回りしちゃうかもしれないなと思ったので、直球でいった方がいいかなと思ってこの業界に飛び込んじゃった感じがありますね。
ーーじゃあすでにその年代はお仕事にのめり込んでいた?
タムラ:そうですね。小さい頃からマンガや絵を描いたりするのが好きだったんですけど、アニメを面白いなって思い始めたのは中学生ぐらい。で、職業として意識し始めたのが高校生ぐらいかな。小さい頃は「絵で食べていく職業ってマンガ家かな?」とか、ざっくりした認識でいましたけど、高校生ぐらいになると「アニメを作るっていう仕事があるんだ!」って気づいて、それはおもしろいかもしれないと思って。最初から「監督になりたい!」という感じではなくて、段階を経てというか……、「この仕事おもしろそうだな」とか「こっち方面に進んでみよう」から、だんだんとここに来た感じです。
ーーじゃあ、監督という職業に関していえば、目標をガンと掲げて、そこに向かって進んでいく感じではなかったんですね。
タムラ:ざっくり言うとそうなんですけど、厳密に言うと大きい目標は一応持ってはいました。僕、小さい頃にビックリマンシールが好きで、集めてたんですけど……、実は今でも集めてるんですけど(笑)。
ーーえぇっ(笑)!?
タムラ:なぜそのシールを集めてたかっていうと、もちろんシール自体が魅力的だからというのもあるんですけど。僕、ファミコン世代なんですが、当時、ファミコンを買ってもらえてなかったんですよ。それに、テレビも見る時間が制限されていて。そうなってくると、学校に行ったとき、友達と会話が微妙に合わなかったりするときがあるんですね。でも、ビックリマンシールは広く流行っていて僕も集めていたので、友達とも会話が続きやすかったんです。その感覚が忘れられなくて……。
だから、“いろんな人から共通の話題にしてもらえる作品”というものにすごく興味があったので、プロデューサーなのか監督なのか脚本家なのか……、いろんなポジションがあると思うんですけど、なんらかの形でみんなの話題に出してもらえるような楽しい作品に携われたらいいなと思っていたんです。だからそういう、なんとなくボヤッとした目標は常にありました。
ーーときには失敗したり、壁にぶつかったこともあったと思いますが、そんなときはどのようにして乗り越えたんですか?
タムラ:まぁ……心を広く持つことですかね(笑)。今はキツいけど、そうじゃない瞬間もあるはずなんですよ。僕は物語が好きだから、物語の力を信じちゃうところがあって。物語って、たとえば落ち込むところがあっても、どこかで盛り返したりするじゃないですか。だから、キツいときは「ずっとこうじゃない」ということを意識していたというか。人生も物語みたいなもので、ずっと辛いばかりじゃないだろうって、どこかしら希望があったからやってこれたかなっていうのはありますね。だから、物語に助けられたので、物語で恩返ししたいなっていう気持ちがすごくあります。
ーーなるほど! 物語の力はすごいですね……。そんな監督が夢を実現させるために、普段から意識して行動していることはありますか?
タムラ:後輩にもちょっと話すことがあるんですけど、「今自分がついてるポジションのひとつ上のことを常に想像したり意識して行動するといいんじゃないかな」って。
たとえば、自分の上司や先輩から理不尽なことを言われることってあるじゃないですか。そういう時に、裏で「ムカつく!」ってグチを言うのは簡単だけど、それだけじゃなくて、その先輩や上司は実は別の悩みを持っているかもしれないとか、自分がその上司や先輩の立場になったときに自分ならどう行動するかって考えられるかどうかでちょっと違うと思うんですよ。
つまり、“次の階段を踏む準備をしておく”ということですよね。それがあれば一歩一歩進んでいけるかなと思ってるんです。それができてなくて、上に向かってただ文句ばかり言ってるだけだと、今度は自分が上についたとき、やっぱり下から文句言われてそれで終わりだと思うんです。
ーー同じことになっちゃう。
タムラ:そう、同じことの繰り返しだし、上のせいにして先に進めなくなっちゃうというか、そんなに上に対して文句ばっかり言うんだったら君は上に進まなくていいよって話になると思うんですよね。それでは夢への階段をなかなか駆け上がりづらい流れになっちゃうんじゃないかなと思って。別に迎合しろとは言いませんけど、自分の行きたい方向が見えてきたら、そのひとつ上をいってる人の立場だったり、「自分だったらどうするか」というのを常に頭の中で考えておくとそちらに進みやすいんじゃないかなと思いましたね。チャンスが巡ってきたときに掴みやすいというか。
ーー自分の仕事に集中するだけじゃなくて、少し周りを見る心の余裕みたいなものも必要になってくるんですね。
タムラ:そうだと思います。僕は細田さんの下で仕事させてもらったときに「細田さんが今こういう壁にぶち当たっていそうだけど、そのとき自分だったらどうする?」とか、「もし細田さんの立場だったら自分はどうしてほしいだろう」とか、「助監督には何を求めるかな?」ということを思って行動していたんですけど、そうしていると、自分にチャンスが巡ってきたとき、直ちに行動の指針が取りやすかったかな、というのは実感としてありました。
ーー今作が劇場アニメーションの初監督作品ということですが、この作品をアニメ映画化したいと思ったいちばんの理由はなんですか?
タムラ:もともと、小説を原作にした映画を作りたいと思って、原作となる小説を探していたんです。なので、プロデューサーが紙袋いっぱいにいろんな小説を持ってきてくださって、それを片っ端から読んでいったんですけど、その中に『ジョゼと虎と魚たち』が入っていて、「これはちょっとおもしろいかもしれないな」と思ったんです。非常に短い作品だったので、そのまんまってわけにはいかないけど、だからこそ映像化のしがいがあるなとも思いました。
ーー昭和の時代に書かれた田辺聖子さんの原作を現代の物語にする際、令和の時代を生きている恒夫とジョゼの世代にふさわしいものになるよう気を配られたそうですが、時代設定を変える上で苦労したことなどはありますか?
タムラ:苦労というよりすごくビックリしたことなんですけど、電車のシーンで、同じ車両にいた子どもが「あ、飛行機!」って言いながら空を指差しているのを見て、ジョゼが「どこや!?」って探すシーンがあるんですね。あそこ、実は最初飛行船だったんですよ。最初は飛行船がしっくりくると思って脚本を進めていたんですけど、「日本に現在飛行船はもう飛んでないんじゃないか」っていうご指摘をいただいて。で、あわてて「飛行機でも成立するか」って(笑)。でも、それでよかったというか、“飛行機に反応をするジョゼ”だったら、恒夫は(一緒に外を見ずに)ジョゼのことを見られるなって思ったんですよ。
ーーなるほど! 確かに飛行機だったら恒夫はわざわざ見ようとしないでしょうね。
タムラ:飛行船だと珍しいから、きっと恒夫も一緒になって「どこどこ?」って探すことになっちゃうんで危ないところでした(笑)。これはわかりやすい例ですけど、やっぱりけっこう細かく違うんですよね。スマホがあるとないでも大きく違いますし。(原作が書かれた)36年前なんて、スマホどころか携帯電話もないじゃないですか。だから、脚本の作り方がまったく変わるというか。そこを自然に見せる方法というのはすごく模索しました。
ーー今の時代に共感できる『ジョゼ』にするために、監督がいちばん大事にしたことはなんですか?
タムラ:まず、「恒夫やジョゼの世代の方に観てもらいたい」っていうのがあったんですね。もちろん、いろんな年代の方に観ていただける作品になったとは思ってるんですけど、恒夫やジョゼの年代……大学生から新社会人、つまり青年期の方々に観てもらえなかったら作った意味がないとすら思っていたので、そこをいちばん大事に考えていました。
アニメの映画作品ってティーンを主人公に据えることが多いと思うんですけど、今回はそれを脱したいなと思ってたんです。原作を読んだとき、それができるなと思って選んだところもあるんですよね。年齢設定は原作に合わせてありますから。なので、大学生や新社会人の世代に向けた作品って新しいチャレンジかな、と。他の人からはちょっとわかりづらいかもしれないですけど、僕の中ではチャレンジになっていまして。それが成功するかしないかで、僕もこの作品がちゃんと届けられたかどうかという感覚が変わってくるなと思ってます。
ーー原作や実写映画も世にあるなか、アニメーションならではの表現など、特に工夫されたところはどんなところですか?
タムラ:アニメーションって絵ですべてを表現するから、主人公たちに見えている世界を見せる主観の表現が得意だと思ってるんですよ。描き味で、輝いて見えるシーンと、とても落ち込んでるシーンの描き分けが可能なんですね。それには背景の力が特に大きいと思うんですが、より感情をダイレクトに伝えやすいというのがアニメーションの大きな魅力だと思います。
あとはやっぱり、海外のお客さんはアニメだと観やすいというのがあるらしくて。おそらく人種を意識しづらいんでしょうね。なので、人種の枠を飛び越えて観てもらいたい。今作は普遍性の高いテーマを内包しているというか、世界共通のテーマを持っていると思うんです。日本の大阪を舞台にはしているんですけど、内容的にはそれこそ世界の他の地域に住んでいる大学生にも届くんじゃないかと思っていて。
ーー確かにこの年代ならではの悩みだったり気持ちというものは、国や人種関係なく共通することが多い気がします。
タムラ:ちょうど大人と子どもの狭間の、“社会に出る”ということをリアリティをもって考える世代だと思うんですよ。普通は「大学を卒業したら就職しなければいけない」って思うじゃないですか。だんだん具体的になってくるというか、「将来はこうしたいな」なんて呑気に言ってられなくなっちゃうし、“夢”を人生の選択肢のひとつとして考えていかなければいけない時期だと思うんです。だから、この世代のドラマってけっこうおもしろいんじゃないかな、って。アニメーションではなかなかそこに踏み込んだ作品が少なかったので、これはチャレンジしがいがあるなという思いが大きかったですね。
ーー最後に、映画の中のジョゼや恒夫のように、これから外の世界へ飛び出す大学生のみなさんにメッセージをお願いします。
タムラ:今の大学生や新社会人の人たちって、僕らの世代よりもすごくしっかり考えてそうなイメージがあるんですよ。だから僕からあんまり立派なメッセージは残せないんじゃないかな……(笑)。やっぱりネットもあって、独自に学ぶ場があるので。
ーー情報はたくさん入ってきますよね。
タムラ:そうですよね。ただ、情報があふれすぎていて、取捨選択が非常に難しくなってる時代ではあると思います。そこで、どうやったらたくさんの情報の中から自分に必要な情報が得られるのかと言うと、それは物語かなと思っているんです。
たとえば、YouTubeに数多ある動画を次から次へと見ていったとしても、どこかで矛盾を感じたりすることってあると思うんですけど、そんなとき、「この人はこういうことを乗り越えた上で今ここに立ってるわけだから、自分の境遇と似てるかもしれない」とか、そういうのがあると思うんですよ。自分なりの指針というか。そうなったとき、初めて「この人の言うことだったら信じてみよう」って感じられるんじゃないかと思うんです。
だから、情報に迷ったら、物語の力をちょっと信じてみるといいんじゃないかな。この作品は、後半を観ていただくとわかるんですけど、物語の力を全面に押し出しているので、その力を信じてもらえるきっかけになるといいなと思っています。
『ジョゼと虎と魚たち』
2020年12月25日(金)全国ロードショー
中川大志/ 清原果耶
宮本侑芽/ 興津和幸/ Lynn/ 松寺千恵美/ 盛山晋太郎/ リリー(見取り図)
原作:田辺聖子「ジョゼと虎と魚たち」(角川文庫刊)
監督:タムラコータロー
©2020 Seiko Tanabe/ KADOKAWA/ Josee Project
幼少期から漫画が好きで、高校卒業後にアニメ業界へ飛び込む。映画『おおかみこどもの雨と雪』助監督や、TVアニメ『ノラガミ』シリーズの監督を経て、今回『ジョゼと虎と魚たち』で初めてアニメ映画監督を務める。
▼『ジョゼと虎と魚たち』公式サイト
https://joseetora.jp/
取材・文/落合由希
撮影/島田香
編集/学生の窓口編集部(ろみ)