冬はPM2.5本番? 日本の第一人者に「越境大気汚染」の現状について聞いた!
冬は大気汚染がひどくなる印象があります。2015年末には、北京など中国の各都市でPM2.5の濃度が危険な水準に上昇したというニュースがありました。その汚染物質は日本へも飛来する可能性があるわけですから無関心ではいられません。越境大気汚染の現状について、専門家に取材しました。
九州大学 応用力学研究所の竹村俊彦教授にお話を伺いました。竹村教授は、地球規模の大気中の物質の流れのシミュレーションに関する日本の第一人者。大気中の浮遊粒子物質(エアロゾル)の数値モデルシミュレーションを行う『SPRINTARS』の開発に携わっていらっしゃいます。この『SPRINTARS』によって、より正確にPM2.5の飛散状況を予測できるようになっています。
■中国のPM2.5の状況は!? 全体としてはあまり変わらないが……
――2015年末あたりに、北京など中国でのPM2.5の大気中濃度が危険な水準になったというニュースが散発的にありましたが、中国の大気汚染の現状はどうなのでしょうか?
竹村教授 PM2.5という言葉が日本で注目されたのは2013年ごろからですが、それ以前からずっと大気汚染は深刻であって、ここ10年ぐらいは大きな変化がない状況です。
――中国では住民の間で大問題になっているようですが、改善傾向は見られないのでしょうか?
竹村教授 対策はかなり前より始まってはいるのです。例えば、大規模な工場では、排煙から硫黄分を取り除く装置は以前から運用されています。硫酸塩はPM2.5の主要物質の1つであり、四日市市の大気汚染の主要因でもありましたが、これを除去する取り組みは中国でも進んでいます。実際、大気中の硫黄成分の汚染物質は少なくなっているというデータがあります。
これは取り除きやすい物質で、その除去に使う装置もコストが比較的低いです。しかし、よりコストが掛かる他の主要汚染物質への対策は遅れているのです。例えば「炭素系」「硝酸塩」ですね。これらへの対策が遅れています。
硫黄分の除去は進んでいるが、その他の主要汚染物質が増加し、そのため「トータルとしての状況は変わらない」と考えられます。
――なるほど。
竹村教授 日本で、石原都知事がディーゼルエンジンの排ガス規制を強化したことがありましたね。あれは「ブラックカーボン」などの汚染物質をターゲットにしたものでした。これは除去するのにかなりコストが掛かるものです。しかし、断行した結果、東京都のPM2.5の状況は大きく改善されました。つまり、やればできるのです。
■かつての日本とは「規模」が違う! インドの大気汚染もひどい状況
――日本もかつて公害などに苦しめられていましたが……。
竹村教授 日本も高度成長期に大気汚染が問題となりましたが、中国の大気汚染が日本と違うのは「規模」です。人口も日本より多く、そのため化石燃料の消費量も多く、大気汚染のひどい都市の数も多く、そのエリアも日本とは段違いに広い。大気汚染物質の絶対量が日本よりも桁違いに大きいのです。
――中国以外の国はどうなのでしょうか?
竹村教授 中国の都市部も確かにひどい状況ですけれども、それよりインドの都市部、またその周辺でも大気汚染はかなり進んでいます。ニューデリーの状況は中国よりもひどいといわれます。
――日本ではあまり報道されませんね。
竹村教授 インドは中国よりも遠く、そのため日本への影響が小さいためでしょう。しかし、中国、インドをはじめアジアの新興国では、経済の発展とともに大気汚染が深刻になっています。特に中国、インドのように人口が多く、そのエリアが広い国ではその影響も大きいのです。
■PM2.5が越境飛来しやすいシーズンは3月頃から梅雨の前半
――冬は大気が安定して、汚染物質も滞留されやすい。そのため、冬のほうが大気汚染がひどくなるという話がありますが……。
竹村教授 それは「発生源付近」において正しいです。冬には大気が安定して、汚染物質の発生源付近で空気が滞留しやすくなります。高さ方向の温度差が小さく、そのため対流が起こりにくいのです。2015年の末などに北京などで汚染がひどいというニュースがあったのはこのような理由によります。
ただ、北京でもきれいな青空を見られることがあります。これは、気象状況が変化し、季節風が吹いてこの汚染物質が移動することによって起こります。そして、また汚染物質が滞留する、これの繰り返しです。
――移動するということは、日本にもやって来るということですか?
竹村教授 はい。冬は発生源付近で汚染物質が滞留して大気汚染がひどくなり、それが季節風に乗って一部が越境飛来することがあります。ただし、越境飛来しやすいシーズンは、3月頃から梅雨の前半にかけてです。この時期は、中国の空気が日本へ流れやすい気象条件です。
――そろそろ黄砂のシーズンになるのですが、黄砂がPM2.5に汚染されているということはあるのでしょうか?
竹村教授 黄砂は3月中旬から5月ぐらいまで続くものですが、PM2.5も黄砂もそれぞれが人体に良い影響を与えるものではありません。ですが、タクラマカン砂漠やゴビ砂漠発祥の黄砂は、中国都市部上空を通過し、日本にやって来ます。つまり、PM2.5と一緒にやって来ることがほとんどです。黄砂が飛んで来るのが見えるということはPM2.5にも注意しないといけないということです。
――ありがとうございました。
これからPM2.5や黄砂が飛来するシーズンになりますが、『SPRINTARS』の予測データを見て、あまりにPM2.5の濃度が高い場合にはマスクや空気清浄機など、自衛手段を講じるのがいいのではないでしょうか。
⇒『SPRINTARS』公式サイト
http://sprintars.net/
(高橋モータース@dcp)