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日常に潜む「お悩み・ギモン」=「もやもや」を学術的に解決するもやもや解決ゼミ。今回の疑問は「なぜ人間にはしっぽがないの?」です。

なぜ人間にはしっぽがないの?

イヌはしっぽを振って「うれしい」気持ちを表すといわれます。多くの動物にはしっぽがあって、それぞれに役立てて暮らしていますね。ところが人間にはしっぽがありません。お尻のところを触ってみると、「尾てい骨(尾骨)」はありますが、しっぽはありません。

なぜ人間にはしっぽがないのでしょうか?

今回は「しっぽロジー(しっぽ学)」を提唱している気鋭の研究者、『京都大学 白眉センター』の東島沙弥佳特定助教に取材しました。

◇せんせいのかいせつ

「なぜ人間にしっぽがないのか」は難問で、はっきり言えばその答えはまだ分かっていません。

現在のサルとヒトの共通の先祖である種の化石 (およそ3,300万年前) が見つかっているのですが、この化石には「長いしっぽ」があったと推定されています。

時代が下って、およそ1,800~1,550万年前のチンパンジーやゴリラなどと共通の先祖の種の化石にはしっぽがないのです。

このように「長いしっぽを持つ祖先種」と「しっぽがない祖先種」は見つかっているものの、その間にあたる種の化石が全く見つかっていません。ですから、この間にしっぽがなくなったことは確かです。

しかし、いつ・どのように・なぜしっぽがなくなったのかは分かっていません。

人間がしっぽを失くした理由については、例えば、一般書などには「二足歩行するようになったのでしっぽはなくなった」と書かれていることがあります。

「樹上生活をしているときには、バランスをとるなどの用途でしっぽがあった方が便利です。しかし樹上生活をやめ、二足歩行で暮らすようになるとしっぽは不要になった、それでヒトにはしっぽはないのだ」という説です。

しかし、2000年代に京都大学のチームが発見した化石(全身)から、これは事実に合わない、と否定されています。

見つかった化石は、いまだ四足歩行の種のものなのですが、しっぽはありません。樹上生活を送っていたはずなのにしっぽはすでにないのです。

二足歩行を行うのは、これよりずっと後のことで、つまり「二足歩行としっぽの喪失には関係がない」ということになります。

「なぜヒトにしっぽがなくなったのか」については、いまだに明確な答えがないのです。

人間にも「しっぽがあるとき」が存在する

実は、ヒトにも「しっぽが生えているとき」があります。お母さんのおなかの中にいるとき(胚の段階) で、ヒトにもしっぽが形成されます。

ところが、一度形成されたしっぽは、その後わずか2日間で急速に短くなり、なくなってしまうのです。本来であれば骨(椎骨)を形成するはずの材料(体節)ごと一気に縮んでしまいます。

ヒトには一旦しっぽが生えるということ自体は発生生物学とよばれる生物学の分野や医学の世界では知られていました。そうした分野ではこれまでは、

しっぽがのびる
しっぽの伸長が止まる

という2つのプロセスでしっぽの長さが決まるのだと考えられていました。

しかし、私は、その後に3つ目の「しっぽを縮める」という段階があることを発見しました。

ヒトはわざわざ作ったしっぽを、また「なくす」という過程を経て、「しっぽがない生物」になるのです。

こちらも、なぜそのような成長過程になっているのか分かっていません。

「しっぽがある人間がたまに生まれる」と言われるが……

では、しっぽがある人間はいないのでしょうか?
「しっぽがある人間がたまに生まれる」といわれますが、これは「Human tail」という先天異常として知られていました。気になった私は、この先天異常についても調べてみました。

1800年代から2017年まで、「しっぽのような物」を持つ人間がおよそ200例報告されていました。

本来、脊椎動物において「しっぽ」というのは、次の3つの条件を満たすものです。

1.体幹の延長であること
(椎骨と筋肉組織が備わっている)
2.肛門よりも先(解剖学的には後方)にあること
3.体の外に出っ張っていること

果たして、Human tailは本当にしっぽと呼べるものなのでしょうか?

上記の約200の症例を全て調べましたが、「人間に生えたしっぽ」とされるものの中に、これら3つの条件を満たすものはありません。しっぽに見えるけれども「本当のしっぽではなかった」わけです。

ですから、残念ながらやはり「ヒトにはしっぽがない」のです。
ヒトは胎児のときにしっぽが形成されるけれども、それをなくして生まれてくるのです。

とても不思議なことです。

「ヒト」はこのように、生物学的にしっぽを失くした生物であるにもかかわらず、人間性を備えた我々「人」は、しっぽが生えたヒトや不思議なしっぽを持つ動物というのを文化的な表現の中にたくさん登場させてきました。

自分たちにはもうないしっぽがなぜそんなにも気になるのか?

しっぽを研究することで、生物としての「ヒト」の成り立ちだけではなく人間らしい「人」としての側面がどう形成されてきたのかも知ることができるのではないか、と考えています。

こんな風に私は、しっぽから「ひと(ヒト + 人)」を読み解こうとする研究をしっぽロジーと名付けて研究を進めています。


◇けつろん!

なぜ人間にはしっぽがないのか? その理由は現在も分かっていません。しかし、何かそこに人間の進化の秘密が隠れているのではないでしょうか。その意味で「なぜ人間にはしっぽがないのか」はとても根源的な質問といえます。東島先生の研究、しっぽロジーの進展に期待したいところです。


◇おしえてくれたせんせい

東島沙弥佳 

『京都大学 白眉センター』特定助教。
1986年大阪生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。博士(理学)。

大阪市立大学大学院医学研究科解剖学教室助教などを経て現職。大学院時代から「しっぽ」の研究一筋。「ヒトはどのようにしっぽを失くしたのか」を解明するため、いろいろな動物について、さまざまな手法を用いて研究を行っている。日本霊長類学会大会最優秀口頭発表賞、京都大学学際研究着想コンテスト最優秀賞、日本先天異常学会奨励賞など。2024年8月20日に初の単著『しっぽ学』(光文社新書)が発売される。


文:高橋モータース@dcp
編集:学生の窓口編集部

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