数年ぶりに友人に会うた。遠く離れた地で彼女は暮らす。私の下宿先であり、彼女の帰省先でもある大阪......|エッセイ企画「#Z世代の目線から」キーワード:夏のある日
エッセイキーワード:夏のある日
エッセイタイトル:『夏の残香』/著者:久保獎太朗 さん
561文字/2分かからないくらいで読み終わります。
数年ぶりに友人に会うた。遠く離れた地で彼女は暮らす。私の下宿先であり、彼女の帰省先でもある大阪で落ち合うこととなった。その日は彼女が帰省している最終日でもあったから、私との待ち合わせ場所に現れた彼女は、白地に朱色でロゴが刻まれたブランドの紙袋を携えていた。ただ一つ異質だったのは、夏の思い出をはちきれんばかりに詰め込んでいるせいでロゴの文字はいささか洗練さを失い、ふくよかさを手にしていた。
彼女が数年ぶりの連絡を寄越したのは、私が退屈を極めるあまり噛み殺した欠伸の残骸を惜しむように咀嚼していた昼下がりであった。世の大学生は夕暮れ時の影法師のように間伸びした夏休みを謳歌しているというのに、私ときたら教科書を机の上に乗せ、回転式の椅子の上でクルクルと回っているばかりであった。無論、夏休みを充実せしめようとする気概が欠落しているわけではないのだが、誘われることは得意でも誘うことは不得手な性分である。そこに畳み掛けるように夏の日差しが外出しようという気力を懸命に削いでくるのではお手上げだ。どうやら夏を楽しむことに関して私は向いていないらしい。やや投げやりに、馨しい夏に背を向けていた。そんな事情であったから彼女の誘いは現状を打開するための渡りに船だった。歯茎に挟まった欠伸のかけらを舌でほじくり出しながら二つ返事を返した。
あまりに人目に付く紙袋をコインロッカーへと押し込み、我々は涼を求めて喫茶店へと入った。喫茶店の扉に手をかけると、氷を砕いたようなカランという涼しげなベルと共に陽気なスウィング・ジャズのメロディーが扉の隙間から流れ込んできた。足早に窓側の席に陣取ると、彼女は紙袋に詰めていたのはほんの一握りであったかのように、この夏の思い出をあいさつの口上よろしく語ってみせる。彼女が語る彼女の夏のストーリーにはしばしばスウィング・ジャズが生まれた国で出会った、異国の友人の名が登場する。私と彼女とでは過ごした夏の密度が異なるあまり蜃気楼が起きてしまうのではないかと要らぬ心配をしてしまうほどには彼女の話は刺激的であり、実際に蜃気楼のように消えてしまうのは私の夏であるように思われた。
彼女を新幹線改札まで送るまでの道中、彼女は懲りずに何やら土産を購入していた。しかし、紙袋には既にそれを受け入れるだけの余裕はないようだ。彼女は紙袋の中をじっくり吟味し、そこから一つを僕に手渡した。戸惑う私には目もくれないで、開いた隙間に新たに購入した土産を詰め込んでいた。まるで今日の出来事までも夏の思い出に組み込むかのようであった。
ほぼ終電に近い時刻で大阪を発つ新幹線に彼女は乗った。ホームへと進む彼女の背中を見送ったが、彼女の紙袋にはどこか完成された形を感じずにはいられなかった。私の手元にポツンと残った小包からはひどく夏の匂いがした。
私も帰路に着くとしよう。下宿先へと向かう阪急電車に乗り込む。ドアが閉まり、電車ゆっくりと発車する。電車の車輪がゴトンと回り始める。僕の心の中の何かが動き始めているような気がした。彼女が置いていった夏の残香に当てられているだけかもしれないが、確かにそんな気がした。
著者:久保獎太朗 さん |
学校・学年:大阪医科薬科大学 3年 |
著者コメント:夏は楽しむべきものだと思い、実際に楽しんでいる友人を見て羨みますが、どうにも不器用で友人のようには楽しめそうにない。それでも、変わりたいと願い成長する心理過程を感じ取っていただきたいです。 |
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