原動力は「恥をかきたくない」気持ち|意識低い系・サレンダー橋本が売れっ子副業漫画家になった理由
“意識低い系漫画家”としてインターネットで人気を集め、現在週刊誌で連載を2本持つ売れっ子漫画家の サレンダー橋本さん。先日発売された単行本「全員くたばれ!大学生」では、冴えなくてイタい大学生のキャンパスライフをコミカルに描き、大学生はもちろんのこと、多くの人に共感と笑いを呼んでいます。
昼は会社員として働くサレンダー橋本さんが、どうして漫画家になったのか。仕事の向き合い方や漫画家を目指す人へのメッセージを聞きました。
――大学卒業後に就職されて、現在も会社に勤めながら漫画を描かれていますが、もともと漫画家を目指していたのでしょうか?
実は漫画家を目指していたことはなくて、気づいたら漫画家になっていたという状況です。会社員をやりながら兼業のようなかたちで漫画を描いているうちに今に至りました。例えば漫画家になるために学校に通うなど、特別なことはしてこなかったです。
――では趣味の範囲で、絵を描いたりストーリーを考えたりすることは好きだったんですか?
小学生くらいまではわりと絵を描いていたんですけど、思春期を迎えて恥ずかしくなってしまって……。
――それはなぜでしょうか?
クラスで漫画を描いている人って……どうですか?
――……言いたいことはなんとなくわかりました(笑)。
それで、なにも描かずに中高大ときて、社会人になってようやく素直に漫画を描きたいなと思うようになりました。入社3年目くらいのときに、自由の利く時間ができてきたのでなにかやりたくなって、ネットに4コマ漫画をアップし始めました。
――漫画を描き始めたとき、プロを目指そうという意識はあったんですか?
まったくないです。今でもプロ意識みたいのはないですね。「なんか記念受 験みたい感じで一人素人が紛れ込んじゃってすみません」って思っているので、連載している雑誌を見てもヤバいな、大丈夫なのかなっていつも場違いなところにいる感じがします。
――といっても、周りから“先生”とか呼ばれるわけじゃないですか。
ヤバいですよね。なにが先生だよって自分で思います。この違和感はずっとなくならないと思います。
――プロを目指す意識はまったくなかったということですが、連載を持って単行本も出て、誰から見てもプロの漫画家という状況になりました。その理由はご自身でなんだと思われますか?
うーん、単純に僕は恥をかきたくないという気持ちが強いんですよ。どれぐらいかって言うと、単行本のタイトルにつけるくらい(※2015/10/28刊行「恥をかくのが死ぬほど怖いんだ。」)。
「全員くたばれ!大学生」を連載している週刊SPA!なんて、どこのコンビニにも置いてあるレベルの有名雑誌なのに、そこに毎週5ページも描いていて……。つまんないものを出すと何万人の人につまんないと思われてしまうわけです。うわ~それはちょっとツラいな、という思いでやり続けているのがここ5年間です。
ウケたいというよりは、「恥をかきたくない」というだけでやってますね。
――結構後ろ向きなエネルギーなんですね。
先に場が与えられて、その場違いなところになんとか対応しなきゃというのが創作の源です。
「恥をかきたくない」は、サレンダー橋本さんの作品に共通するテーマ
――ストーリーはどんなところから発想を得ているんですか?
実体験ですかね。特に「違和感」です。うまくやれない、情けない、みっともない、しょうもない……とかが好きなんですよ。自分もそんなタイプの人間で、そういうことばっかり考えるし、会社で働いているとセコい大人にいっぱい出会うんですよね。でも、それが人間っぽくって好きなんです。
――「全員くたばれ!大学生」では大学を舞台に描かれていますが、大学時代の自分を思い出すことはいかがでしたか?
自分自身の大学時代はもう10年前のことなので、それくらい時間が経てばいい思い出ですね。あのときは必死だったなと懐かしむぐらいで、なんとも思わないです。
でも、作品を描くために今の大学生のことを調べていて、テニスサークルの実情とか聞いたり、ネットで大学生がバーベキューやタワマンでパーティーしてる写真を探したりするのはツラかったですね。なんで会社から帰ってきてこんなもの見なきゃいけないんだって。そういう派手なグループへの苦手意識は残ってるみたいです。
――漫画家を目指す人へ伝えたいことはありますか?
会社員をやりながら描くのが精神衛生上おすすめです。明日食っていくあてもないのにおもしろい作品はなかなか作れないと思うんです。固定の収入があるってデカいですよ。
兼業は体力的には非常に厳しいですけど、精神的には楽です。
――体力的な厳しさってどれほどですか?
会社の仕事が終わって、だいたい夜19時か20時には家に帰ります。子どもを風呂に入れたりした後、21時か22時くらいに描き始めて、夜中の3時くらいまで描いてます。土日はほぼ丸一日かな。こういう生活を何年か続けています。
――やはりハードですね~。体力があるんですね。
どうなのかな……まぁ単純に漫画を描くのが好きなんですよね。さっきのプロ意識のなさともリンクするんですが、いい意味であまり仕事だと思ってないんでやれているのかもしれないですね。
ファイティングポーズのリクエストに応じるサレンダー橋本さん。
この日も立て続けに新刊の取材があり、本当にご多忙な様子
――漫画家になりたくても、ほんの一握りしかなれない世界で諦めてしまう人も多いかと思います。そんな人が一歩踏み出すにはどうしたらいいと思いますか?
漫画ってなんか無責任でいいというか。僕は話すのがすごく苦手なんですよ。人に対して言いたいこととかまったく言えないけど、漫画なら描いちゃえばいいんで。匿名だし、ウケなきゃそれまでなので恥ずかしくもない。
普通に就職してからでも全然挑戦はできると思うし、それでダメなら諦めがつくから、気楽に描いてみたらいいと思います。描くだけなんで、挑戦しやすいと思うんですけどね。
――「描くだけ」といえるのは天性のものですね。とはいえ、自分のセンスを試すのは勇気がいることかと思います。例えば渾身の作品をSNSで発信したけど、否定的なコメントばかりでヘコんで自信をなくしたりとか……。そんな経験ありませんでしたか?
あぁ~、僕が漫画を描きはじめた「オモコロ」っていうサイトでは、昔はコメント欄があったので結構叩かれたりして、精神的にきましたね。たしかに、そういうので描くのを辞めちゃう人もいるのかもしれないです。
……でも自分が面白いと思ってる人に、面白いと言ってもらえたらきっとそれでいいんですよね。僕にとってはオモコロ編集長の原宿さんだったんですけど、“この人は自分より面白い”という信頼のおける評価基準になる人がいて、最初にその人からいいと言ってもらえたから続いているというのはあります。
顔出しNGとのことで自ら被り物を準備してくださいました。ありがとうございました!
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文・取材:ツマミ具依
撮影:学生の窓口編集部かにたま