人生において大事な選択をする際の考え方3つ #佐藤ノアの生き方道場 vol.3
大学生の進路や将来についてのモヤモヤに、ガールズバンド「suga/es」のボーカル・佐藤ノアさんが自身の経験や思いを総動員して答える「♯佐藤ノアの生き方道場」。第3回は、就職先を決めなきゃいけないけど、決心がつかないという相談者さんに向けて、人生で大事な選択をする際の考え方を聞きました。
私は今大学2年生で、もうすぐ本格的な就活が始まります。でも、自分の進みたい方向、やりたいことがまだよくわかりません。なんとなく両親にも勧められてるし、今まで学んできたことも面白かったので、公務員でもいいかなとぼんやりとイメージはあるのですがまだ決心ができません。どうしたら良いのでしょうか……。
(大学2年生/女性/神奈川県)
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仕事を決めるきっかけはなんでもいい。でも最後は自分で絶対決めること
最初は「親が言ったから」がきっかけでもいい
公務員になるきっかけが「なんとなく両親に勧められて」というのは全然ありだと思います。きっかけは正直なんでもいいと思っていて。私もこの仕事を始めるとき、自分で「やりたい!」と思ってたわけでなくて、たまたまSNSが伸びたからだったんですよね。
やりたいことなんてなくても生きていけます。別に相談者さんがまだ若いから見つけられてないってわけでもなくて、飲み屋にいったら隣に座っているおじさんが「就職してこの年まで働いてきたけど…結局やりたいことが見つからないんだよ」なんて愚痴りながら飲んでたりしますし。
最終的には「自分で決めた」と言うべき
でも公務員になった理由を「両親に勧められたから」としてしまうのはダメです。そうすると、うまくいかなかったときも両親のせいにしてしまいがちなんですよね。それってめっちゃずるい逃げ道じゃないですか。
だから進学や就職のような大きな決断は最終的には「自分で決めた」と言うべきです。相談文のなかにある「今まで学んできたことも面白かった」というのはすごく前向きでいいことだと思います!
「◯◯でもいいかな」は絶対ダメ。看板を背負っている気持ちで
「◯◯でもいいかな」は無責任
あと、「公務員でもいいかな」という言葉が気になりますね。
この先、どのシチュエーションにおいても「◯◯でもいいかな」という言葉は、絶対使わない方がいいと思います。その一言だけで無責任に感じちゃう。
公務員だって誰でもいいわけではないし、雇う側からすれば「でもいいかな」じゃ困りますよね。それに、ひとりがそういういい加減な発言をすれば、他のすでに公務員として働いている人も同じように思ってると世間から捉えられちゃうかもしれないからね。たとえば私も事務所に入っているけど、「事務所はレキシントンでもいいかな〜」とか適当なこと言っていたら、私1人のせいで「レキシントンはそういう人の集まりなんだな」って思われちゃうかもしれない。
ちょっとでもなりたいと思う気持ちがあるなら、公務員という看板を背負っている気持ちがないとダメですね。そうじゃないとみんなに失礼。
決められないなら、一度思い切ってやってみる
決心は自分で踏み出すもの
決心ができないというのは、第3者からのアクション待ちなんだと思うんですよね。「みんなにオススメされたから」とかそう言った理由で決めようとしているから。
決心は誰かに言葉をもらってするもの、人に頼るものじゃなくて、自分で踏み出すものだからちゃんと自分で機会を作らないといけないんですよね。
一度やってみて、ダメだったら辞めればいい
このままなんとなく公務員になるなら、就職せずに本当にやりたいことが見つかるまでフリーターやればいいとも思うけど、この相談者さんは言葉選びからしてたぶんそれはやらないと思う。
だったら1回公務員になっちゃえばいいんじゃないかと思いますね。もう、やってみるか、やらないかしかないんですよ。もしかしたらいい先輩や刺激的な同期に出会えるかもしれない。もしダメだったら辞めればいいし、そこから得られるものや感じることも絶対何かしらあると思います。見えない先のことにビビっても、何も始まらないですからね。
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執筆:伊藤美咲@misaki2018jp
撮影:藤城貴則@TAKANORIFUJI