サラリーマンからプロ棋士へ、瀬川晶司五段の選択「好きなことを仕事にできる幸せ」|あの人の学生時代。 #30

学生の窓口編集部(S)
2018/09/03
学生トレンド
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著名人の方々に大学在学中のエピソードを伺うとともに、今の現役大学生に熱いエールを贈ってもらう本連載。今回は9月7日(金)に公開、松田龍平さん主演で話題の映画『泣き虫しょったんの奇跡』の原作者であり、プロ棋士の瀬川晶司五段です。奨励会を退会したのちにアマチュアからプロ棋士になる夢を叶えた瀬川さん。将棋界に史上初の偉業を成し遂げた自身の自伝的作品である今作、また奨励会を退会してから入学した大学生活、その後の人生の選択について聞いてみました。

文:落合由希
写真:島田香
編集:学生の窓口編集部

INDEX

1. 26歳で絶たれたプロ棋士への夢、次に目指したのは「弁護士」
2.「教科書をくれるなら……」再び将棋をはじめた理由
3. 仕草と雰囲気をうまく盗む、松田龍平
4. 好きなことを仕事にできるのは幸せなこと

26歳でプロ棋士を諦め、弁護士をめざして大学へ

――瀬川さんは奨励会を26歳で退会されたあと、神奈川大学第二法学部(当時)に行かれています。大学に行こうと思ったのはなぜですか?

奨励会をやめて(※)しばらくはブラブラしていたのですが、なにかやらなくてはと思ってはいました。それで、子どものころに読んだ推理小説の主役の弁護士が「カッコいいな」と感じたことが蘇ってきて、「弁護士になろう」とふと思ったんです。

※プロの将棋棋士になるためには、日本将棋連盟のプロ将棋棋士養成機関「新進棋士奨励会」、通称「奨励会」への入会が必要。プロ棋士になるためには原則、満21歳までに初段、満26歳までに四段へ昇段しなければならず、これが果たせなければ強制的に退会。プロ棋士への道は途絶えてしまう。瀬川さんは26歳までに四段への昇段が叶わず、奨励会を退会することになった。

弁護士になるには司法試験に合格しなければなりませんが、1次試験に合格しないと2次試験を受験できないんです。なので、最初は1次試験を受けるための勉強をしていたのですが、大学に行くと1次試験が免除されるんですよね。だったらひとりで勉強するより、大学に行きながら勉強したほうがいいんじゃないかと思ったのが、年明け1月ごろの受験シーズンで。そこから大学を探したら、ちょうど神奈川大学の夜間にやっている第二法学部の募集があって、そこを受験して合格し、通うことになりました。

――二部だといろんな年代の方もいらっしゃると思いますが、27歳で大学生になって、これまでと全然違う環境に身を置くことでとまどいや周囲とのギャップを感じることはありましたか?

最初はちょっとあるかなと思ったんですよね。普通、大学は18歳で入るもので、それに「今まで将棋しかやってこなかった自分がうまくやっていけるのかな」とか。

でも、それは単なる杞憂に終わりました。もちろん若い方もいましたが、僕より年上の方もいらっしゃいましたし、そんなに気にすることではないんだなと。

その頃、イトーヨーカドーで商品の品出しのバイトもはじめました。朝6時半ぐらいからお昼ごろまでバイトして、家で少し休んでから大学に行くという生活をしていました。バイトにしても、まわりはみんな大学生で若いんですが、人は自分が思うほど他人のことは気にしていないというか(笑)、途中から「年齢とか気にする必要ないな」って。

よく考えてみれば、相手にとっては僕が年上だろうが別になんの関係もないことだから、気にするだけ損だなと思うようになりましたね。そう思いはじめたら、だんだん楽になっていきました。

「教科書をくれるなら……」再び将棋をはじめた理由

――大学時代も将棋を指すことはあったんですか?

大学に入って1年ぐらい経って、また将棋を指したくなって、そのころからまた指すようになりました。

――では、大学時代にいちばん夢中になってたことといえば……やはり将棋?

将棋はたまに大会に出るぐらいで、そんなに毎日がっつりと将棋の勉強は……まぁ、していたのかな。

奨励会のときは年齢制限もあって、将棋を指すことがすごく苦しかったんですけど、退会したことで縛りがなくなり、あまり勉強という感覚を持たずに将棋と接していましたね。子どものころのような感じで。でも、ちゃんと大学の授業も出ていましたよ(笑)。

――法律学の勉強は、楽しかったですか?

卒業して時間が経つのでもうかなり忘れかけていますが……、刑法とかは好きでしたね。最初のころは司法試験の勉強もしていたのですが、そのうち「弁護士になるのは厳しいな」と思って(笑)。

やっぱり、自分が弁護士になりたいって思ったのは、本当になりたかったわけではなくて、奨励会がダメだったことの屈辱を晴らしたいとか、そういう意味合いがあったんです。

本当に弁護士を目指している人に接すると、そんな生半可な気持ちでなれるものではないなと思いました。実際、大学に行っていろんな方と知り合って、バイトもしたりしているうちに「弁護士以外の道もいいんじゃないか」と思いはじめたこともあって、司法試験はあきらめました(笑)。それでまた将棋に復活していったという感じですね。

――大学時代の思い出深いできごとはありますか?

サークルには入っていませんでしたが、大学3年の時に「アマ名人戦」で優勝してアマチュアの日本一になったんですね。

で、あるとき法律の授業を受けていたら、4〜5人の学生たちが教室に入ってきたんです。その子たちは二部ではなく、一般の昼の部に通っている将棋部の子たちでした。大学には将棋部があったんですけど、僕がアマ名人になったというのを知って、将棋部に入ってくれないかって頼みにきたんですね。僕は当時の大学生よりはレベルが高いし、将棋の大会では団体戦もあるので、向こうは僕が入れば大きいんです。そして、ちょうどこれから買おうと思っていた教科書をくれるって言うので………。

――教科書につられたんですか(笑)!?

大学の教科書って結構高いんですよ(笑)。もちろん、それだけじゃなくって、みんなかわいかったというか、一生懸命頼んでくれたことにもひかれました。

それがきっかけで、団体戦にも何度か一緒に出たりしました。大学の将棋の大会も経験できて、楽しかったですね。

仕草と雰囲気をうまく盗む、松田龍平

(C)2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会 (C)瀬川晶司/講談社

――映画でご自身の役を演じられた松田龍平さんを見て、ご自身に似ているなと思いましたか?

実は自分ではよくわからない部分もあるんですが、僕の棋士仲間によると「仕草や雰囲気がそっくり」らしくて。すごく僕に似ていると言われて「やっぱりプロはすごいな」と思いました。

――松田さんに役作りでなにかアドバイスなどはされたのでしょうか。

あんまりカッチリとは聞かれていませんが、僕の仕草はうまく盗まれたというか……(笑)。この映画に入る前、松田さんは『散歩する侵略者』という映画で宇宙人の役を演じられていて、次に演じるのが僕の役だったんですね。

だからご本人は「前は宇宙人だったのに、今度は瀬川さん。しかも、瀬川さんは目の前にいるし、実在するし、逆に難しい」というようなことを言っていました。似せようと思えば僕にたくさん聞いて似せることはできるけど、それはまた役作りとはちょっと違うので、いろいろ悩まれていたかなとは思います。ただやっぱり、あまり知りすぎると逆にそれに縛られちゃうと思ったのか、そんなには話してないです。むしろたくさん話したのは撮影が終わってからですね。

――どんなことを話されたんですか?

結構くだらない話ばっかり……(笑)。でも、原作にすごく思い入れを持ってくれていて、だから相当な覚悟でやってくれたんだなということは、映画の撮影が終わって話したときにわかりました。すごく大変だったと言われていましたね。

――将棋というと、おとなしく座って指しているイメージがあったんですけど、映画を観ると個性的な棋士の方がたくさんいらっしゃって驚きました。

映像なので多少誇張した部分もあるとは思うんですが、やっぱり将棋って「頭腦の格闘技」なので、熱が入るとお互い頭がぶつかるぐらい盤に乗り出すときもありますし、結構熱いものがあると思います。だから、決して嘘ではないんですよ。

――映画の中でいちばん気になったシーンは、自分の反対側に回って、相手の側から盤を見るっていう……。

あー、あれは「ひふみんアイ」※っていうんです。

――あ! あれが「ひふみんアイ」だったんですか!

「相手側から見るといい手が見えるかもしれない」と思って、相手の背後に回って局面を見るっていう。でもあれ、やっぱりちょっと失礼なんですけど(笑)。

※将棋の対局中に対戦相手の側に回り、相手の視点で盤面を確認する行為。対戦相手の視点から盤を眺めることで戦況の見え方が変わり、局面の判断を修正したり、相手の戦略を読むことにつながるといわれている。大盤解説でも盤を上下回転させることをひふみんアイと呼ぶことがある。

――そうですよね!? 対局相手に「怒られないのかな?」ってハラハラしました(笑)。

対局中は対局相手に怒ったりすると冷静でなくなってしまい将棋に影響してしまうので、腹が立っても怒らないようにしている人が多いんですよね。

好きなことを仕事にできるのは幸せなこと 

――プロ棋士への道をあきらめた当時はどんな気持ちだったんですか?

奨励会を退会した瞬間はゼロというか、幼いころからプロ棋士を目指していた12年間が全部無駄になってしまったなという思いで、「もう生きていてもしょうがない」ぐらいに思っていましたね。

でも、とりあえず毎日何かやることがあるとどんどん隙間が埋まっていくというか、バイト先で必要とされたり、そういうちょっとした喜びが重なっていくうちにどんどん元気になっていったような気がします。

――そんな、一度はプロ棋士への道をあきらめて就職までされた瀬川さんが、「やっぱりプロになりたい」と思ったいちばんの理由はなんですか?

やっぱり将棋が好きだったからですね。とは言っても、「プロになりたい」と思ったところでその当時、もう年齢制限も超えていたし、プロ入りの道はなかったので、やっぱり「またプロになりたいと思うんだったら応援するよ」と言ってくれる人が現れたということも大きかったです。そこではじめて真剣に「もう一度プロに」という道があるのかな?って。

父がよく「好きなことを仕事にしろ」と言っていたんですが、もし奨励会にいる間にそのままプロ棋士になっていたら、プロ棋士のまま一生を終えていたかもしれません。

でも、21歳のころ「本当にそれが自分にとっていいのかな?」って考えたことがあったんです。将棋しか知らない人生が本当に幸せなのかとか、他の世界も見てみたいなという思いを抱いたことがあって。結局、僕は奨励会を退会せざるを得なくなったので、はからずも他の世界を知ることができたんですけど。実際に他のこともやってみて、サラリーマンの生活ももちろん充実していて楽しかったんですけど、「やっぱり自分が純粋に好きなことを仕事にできるのは幸せなことだなぁ」と改めて感じました。そんな時に「プロにならないか」というお話があったので、なれるものならなりたいという思いでした。

――そんな自分の物語を映画として客観的に観て、改めて感じたことはありますか?

う〜ん……(としばらく考えて)、まぁ、でもなかなかおもしろい人生だな、と思います(笑)。あと、子どものころからずっとつながっているんだな、って。映画で自分の人生を観て、人生に無駄はないということを改めて感じました。

――今作はどんな人にどんなメッセージが伝わればいいなと思いますか?

「夢をあきらめない」というのがテーマではあるんですが、小学生や中学生の子どもにも観てもらいたいですね。自分が熱中するものを見つけると、いろいろつらいこともあるけど、きっといいことがある、ということを知ってもらいたい。

また「夢をあきらめない」ためには、自分ひとりでは無理だと思うんですね。僕も、周りの人の支えがあって、それが今回のプロ編入に繋がったので、そんな、自分の周りにいる大切な人を思い出すきっかけにもなってくれればなぁと思います。
 
* * * * * * *

最後に、今の大学生に一言メッセージをお願いすると、「本を読め!」と書いてくれた瀬川さん。「それまでそんなに本を読んでいなかったんですが、奨励会を退会したあとのニート時代や大学生時代は図書館で本を借りまくって、なんでも読んでいたんです。今思うと大切な経験だったなと。時間がある大学生のうちに本をたくさん読んでほしいな」という瀬川さん。「あ!『泣き虫しょったんの奇跡』も読んでほしいですね(笑)。そうだ、書いておこう!『特に』って(笑)」と、お茶目に自作の宣伝も付け足してくれました。

<プロフィール>

せがわ・しょうじ●1970年3月23日生まれ。神奈川県出身。中学3年生のとき、中学生選抜選手権大会で優勝し、奨励会に入会する。22歳で三段に昇るが、26歳のとき年齢制限の規定により奨励会退会。一度は将棋の道を離れたが、99年のアマ名人選優勝をはじめ、アマチュア強豪として大活躍する。05年、日本将棋連盟にプロ入りを希望する嘆願書を提出、プロ棋士編入試験将棋を実現させる。05年11月6日、史上初、奨励会退会からの試験将棋への合格を果たし念願のプロ棋士となる。NEC所属棋士。12年8月に五段昇段。


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