「みんな就活も授業もこなしてるのに…」就活で疲れた大学生が『虚弱に生きる』著者に聞いたこと

おむ(ガクラボメンバー)

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こんにちは、ガクラボメンバーのおむです。

私が『虚弱に生きる』を読んだのは、周囲の就職活動への熱量や、学業・バイトなどを当たり前に両立する姿に圧倒されて疲弊していた時でした。本書は、著者・絶対に終電を逃さない女さん(以下、終電さん)が「体力のなさ」を嘆いたツイートをきっかけに生まれたものです。体力があることを前提とした社会構造の中で生きる終電さんの健康への向き合い方や積み重ねてきた努力を知り、自分だけが疲弊しているわけではないという安心感を得ました。就職活動の中で感じた違和感について、もっとお話をうかがいたいと思っていたところ、今回インタビューが実現しました。

著者の絶対に終電を逃さない女 さん

折り合いがつかないまま、走り続ける

――疲れているのに休めない状況で、どのように自分と折り合いをつけながら締め切りや仕事と向き合っていますか。

終電さん

折り合いは多分ついていません。フリーランスで働いているので、休んでしまって締め切りに間に合わなければ、次はないかもしれない、という意識があり、ジレンマを抱えたままやっています。
「本(『虚弱に生きる』)を書いた=折り合いをつけられている」と思われがちなのですが、実際は折り合いがつかない現実そのものを本にした、というほうが正しいです。この現状だからこそ、発信する意味があると思っています。

――私は今、就活を始めているのですが、大学の授業もある中で、説明会やインターンシップの面接などに追われて疲弊し、しんどさを感じています。積極的にやらないという選択もできますが、自分でやろうと決めたことを完了できず、自己嫌悪に陥るときがあります。

そうですよね。私は就活をほぼしていませんが、大学の授業を受けながら、企業に応募したりESを書いたりといった就活もすることは、マルチタスクの状態といえるので、それが余計に体力を消耗するのかなと思います。
私はフリーランスで、連載や書き下ろしの書籍といった長期的なプロジェクトの合間に、単発の仕事も多く入ってくるので、どうしてもマルチタスクになりやすいです。一つに集中するような働き方ではないので、タスクの切り替えそのものにも負担が発生して、その分、単純な時間の忙しさ以上に消耗するのかなと思います。就活の消耗も、これと構造は似ているような気がします。

自己嫌悪に関していうと、私も20代前半ぐらいまではありました。大学の卒業論文でもフリーランスの仕事でも、自分で立てた計画通りに進められず、締め切りギリギリになってしまうことが多かったんです。
今もギリギリなのですが、それに対して自己嫌悪に陥る段階は過ぎたと思います。「じゃあここからどうするか」を考えるだけになりました。この変化の背景には、健康を手に入れるためにさまざまな努力をし、以前よりメンタルが安定してきたこともあります。
でも一番大きかったのは、「これだけ頑張ってきても人並みの健康が手に入らなかったのだから、仕方ない」と、いい意味で諦めがついたことです。それまでは「怠けているだけなのではないか、もっと頑張ればどうにかなるのではないか」と苦しんでいました。でも「自分は十分頑張ってきた」と思えるようになってから、自己嫌悪はほとんどなくなりました。

人間の中で「貴重な存在」と定義付ける

――私は最近自分の生活の中に占める就活の割合の高さに疲弊して、他のことにまで頭が回らないことが多いです。ですが、周囲の友人は就活に加えて学業やバイト、サークルまですべてこなしており、その体力差に落ち込むことがあります。終電さんは周囲との体力差に落ち込むことはありますか。また、その感情とどのように付き合っていますか。

歴然とした差に多少は落ち込みますが、大きくは落ち込みません。それは、自分の日々の不調や疲れを改善するための活動に集中しているからだと思います。
私自身は、体力がないし、すぐ不調を感じるタイプです。ただ、周囲の活動的な人たちも、話を聞いていると別に体力があるわけではないなと思うことが割とあります。むしろ、その人たちは無理をしているタイプで、風邪をよく引いたり、腰を痛めたりと、何らかの不調を頻繁に抱えていることも少なくありません。
私と違うのは、不調がないことではなく、不調があってもあまり気にせず、そのまま仕事に集中できることです。私の心身は、ストレスや体調の変化に対してかなり敏感な方なのだと思います。
もちろん、体力は数値化されたものではありません。だから、「自分には体力がない」と勝手に決めつけて苦しみすぎないことも大事だと思います。

これに関しては、私なりの仮説があります。 散歩中の犬って、急に座り込んで動かなくなることがあるじゃないですか。あれは「疲れたから、もう歩きたくない」という意思表示らしいんです(※)。
犬は、疲れたらその場で休むということを本能的にできる生き物です。一方で人間は、疲れていても無理をすることが当たり前になってしまっています。 だから私は、犬側と人間側で考えたとき、どちらかといえば犬側のタイプなのかなと思っています。体が「疲れた」というサインを出したときに、それを感じ取って休むことができるというか。
本来、「疲れた」というサインを感じ取りやすいことは、人間社会では生きづらさにつながる面があります。周囲と比べて頑張れなかったり、無理が利かなかったりするからです。 ただ、見方を変えれば、それは体力や気力を温存する能力に長けているともいえます。無理を重ねて大きく体調を崩す前に、体からのサインを受け取れているとも考えられます。
そう考えると、自分は「人間の中では少し珍しいタイプなんだ」と、前向きに捉えられる気がしています。

※参考:片野秀樹『今さら聞けない 休養の超基本』

「考える疲れ」を選ぶしかない

――先ほどのマルチタスクの話にも少しつながると思うのですが、私は考えること自体が体力の消耗につながっているように思っています。この点について、何かお考えがあれば教えていただきたいです。

考えることそのものというより、「不安になって考えること」が余計に消耗させているのではないかと思います。
ここで真っ先に思い浮かぶのが、スケジューリングです。私は働き方の性質上、単発の仕事が多く、それらをどうスケジュールに組み込むかを日々考えています。そして、この作業にかなり疲れています。
予定が重複しないようにするだけならまだいいのですが、私は体力の消耗や回復に必要な時間まで考えなければなりません。多少無理をしてでも引き受けたい仕事があったら、タイトなスケジュールでも入れたい。でも、その結果として体調を崩す可能性が高いなら、最初から受けないほうがいいかもしれない。そんなふうに、さまざまな不安を抱えながら、限られたキャパの中でずっとパズルをしているような気分になります。
この作業をやめたら、もっと疲れを抑えられるのではないかと思ったこともあります。実際、あまり考えずに予定を入れてみたこともありました。しかし、そのときは後から皺寄せがきて、結局体調を崩してしまい、その不調も長引きました。
だから、不安になって考えることが疲れにつながっているのは確かです。ただ、体力を考慮してスケジュールを組まなければ、結果的に体調を崩してしまいます。少なくとも今の私にとっては、「考える疲れ」と「体調を崩すリスク」を天秤にかけたとき、前者を選ばざるをえないのです。

暇な時間なんてそもそもない

――私はよく友人から「暇な時間は何してるの?」と聞かれるのですが、やっていることが思い浮かばなくて、いつもその質問に困ってしまいます。終電さんは、暇な時間に何をして過ごしているかという質問に対して、どう答えていますか。

雑談の定番の質問ですよね。私もよく聞かれますし、その答えが思いつかないというのもすごくわかります。私の場合、そもそも暇を感じることがあまりありません。というより、常に何かに追われている感覚があります。
よく、暇な人がやるものとしてSNSのチェックがありますが、私の場合は、暇だからやっているのではなくて、何かをやらなきゃと思いつつも体が動かなくて見てしまっているだけです。なので、自分としては「暇だから見ている」という認識はありません。ただ、こういうことを世間話の中で説明するのも難しいので、聞かれたときは無難に「読書」や「映画鑑賞」と答えています。

――私も「本を読んでいる」とか「音楽を聴いている」と答えたりするんですが、「でも、それだけじゃ時間が埋まらないでしょ」と言われることもあるんです。そんなにみんな、暇な時間があるんだって驚きました。

時間の感覚が違うのかなと思いますね。何もしていないように見える時間でも、頭の中ではいろいろなことを考えすぎているので、私の場合は暇だと感じていないのだと思います。
ただ、友人と楽しく会話するために、暇な時間に何をしているのかという質問に対して嘘をついてしまうと、その友人との付き合いを続けていくうちに説明がつかなくなってしまうんですよね。 嘘を重ねるうちに、本当は「暇なんてない」ということを説明する機会を失ってしまうのは、少し悩ましいところです。
でも、本を出版してからは変わりました。今までは理解されないだろうと諦めていたことも、本を通して自分の感覚を伝えられるようになったと感じています。

「できる」と「向いている」は違う

――頑張ればギリギリできるけど、自分にはあっていないなとストレスが生じる出来事に、日常生活のさまざまな場面で出くわします。たとえば、私はすぐ疲れてしまうので、夜遅くまで友人と出歩くことがあまり好きではないのですが、友人と過ごす楽しい時間を大事にしたいな、という思いもあって、断るのも憚られます。終電さんは、「適応できること」と、「自分に合っていること」の違いをどのように判断していますか。また、どこで限界を認めるかの基準はありますか。

その線引きは難しいですよね。私も今のところ明確な基準は持っていません。 私の場合も、夜遅くまでの活動ができないわけではないです。ただ、翌日の体調に影響が出たり、頻度が高くなると体調不良で生活が回らなくなったりもします。
だから、どこまで健康を優先するか、という話になりますね。 楽しいから行きたいという気持ちもあるし、行けば疲れて体調に響くかもしれないという気持ちもあります。どちらの気持ちもあるので、その決断を迫られること自体にも疲れます。

私はここ3、4年ずっと健康優先の日々を送ってきました。でも、最近は少し飽きてきたというか、停滞も感じています。 これまでは、体調を崩さないための努力に重点を置いてきました。ですが今は、健康のことを考えすぎず、多少健康に害があるとしても、楽しそうなことに時間を使うことを試してみています。
大げさに言うと、「死ぬわけじゃないから」とハードルを下げるというか。仮に仕事を失っても、無理が高じて体調を崩しても、死ぬわけじゃない。そう考えてみるんです。 実際には、ここまで潔く考えられているわけではありません。それでも、楽しむ時間を大事にするために、こういう捉え方をしてみるのもありなのかなと思っています。
というのも、私はこれまで「楽しむこと」をあまりしてこなかった気がするんです。だからこそ、健康のための努力を苦にせず続けられたという面もあると思います。 ただ一方で、こうして楽しさを後回しにしてきたからこそ、不健康になってしまっている面もあるのではないか、と思うこともあります。「体調を崩さないこと」だけを基準にしすぎると、かえって生きる実感を失ってしまうのかもしれない――今は、そんなふうにも感じています。

取材を終えて

インタビューを通して最も印象に残ったのは、「十分頑張ってきた」と自分の努力を認める大切さです。私は就職活動を始めてから、周囲と比較して苦しんだり、自分で決めたノルマが達成できずに落ち込んだりすることが何度もありました。しかし終電さんのお話から、自分の体力の限界を知り、その上でできることを積み重ねていくことは甘えではない と気づかされました。自分の中で視野が狭くなっていた部分を広げてもらえたような感覚で、考え方ひとつでここまで楽になれるのだと、前向きにもなれました。このインタビューを読んだ方にも、できないことにばかり目を向けて苦しくなったときに「自分は十分頑張っている」と思い出すきっかけ になればと思います。

取材・文:おむ(ガクラボメンバー)/編集:学生の窓口編集部

書籍情報

『虚弱に生きる』(絶対に終電を逃さない女 著)

発行日:2025年11月5日
定価:1760円(本体1600円+税)
(書籍提供:扶桑社)

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おむ(ガクラボメンバー)

東京都在住の大学3年生。大学では文学部に在籍。ガクラボでも大学のサークル活動でも記事の執筆を行っている。高校生まで15年間ピアノを習っていた。趣味は旅行。

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