【三菱商事の先輩社員】金属グループ 金属資源本部MDP事業部:田村哲郎さん
同志社大学経済学部卒業。2008年、新卒で三菱商事に入社。オーストラリア・ブリスベンにある三菱デベロップメント社(MDP社)でBMAの原料炭事業に携わり、現在は東京にある三菱商事本社でオーストラリアの原料炭炭鉱への投資業務を担当している。
「鉄は国家なり」という言葉があるように、鉄の生産量は国力に直結すると言われています。その鉄の生産に欠かせない「原料炭」(製鉄の過程で使用される石炭)に関わる仕事は商社の中でも重要な分野のひとつ。今回は金属資源本部で原料炭を扱う業務に携わり、世界を舞台に活躍している田村哲郎さんにお話を伺いました。
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今のお仕事はどんな内容?
実はこの取材を受ける10日ほど前まで、オーストラリアのブリスベンで三菱商事の100%子会社で資源投資事業会社の三菱デベロップメント社(Mitsubishi Development Pty Ltd、以下MDP社)が保有するBMA (MDPと資源メジャーのBHPが50%ずつ出資して設立した原料炭事業)で仕事をしていました。異動先である現在の部署では、オーストラリアの原料炭炭鉱への投資業務を担当しています。
私は2008年の入社以来約9年間、ずっと原料炭に関わる仕事をしてきました。最初に配属されたのは原料炭を日本の製鉄会社の輸入代行をおこなったりする部署でした。2012年の6月にMDP社に移り、原料炭のマーケティング業務を9ヶ月間担当。そこから実際にBMAの最前線に立ち、炭鉱での生産を維持するのに必要なインフラ整備や設備管理をしていました。
クイーンズランド州で展開されているBMAの炭鉱群は、北から南までの距離が約250kmあり、これは東京・浜松間の距離に相当します。7つの操業中炭鉱と石炭積出港が有り、世界最大の原料炭海上輸送量になります。炭鉱が多い=従業員数も多いということですから、当然炭鉱で働く人々のためのインフラ整備も必要となってきます。BMAの仕事に携わっていたときは、炭鉱、鉄道、港関連の設備に加え、空港や従業員の宿泊施設などの設備を維持・アップグレードするといった部分で、バリューチェーンの一端を担っていました。
※バリューチェーンとは……原材料の調達から製品・サービスが顧客に届くまでの企業活動を、価値(バリュー)の連鎖(チェーン)として捉える考え方。
実際に現場に出たばかりの頃は、「石炭1トンを作るにしても、こんなにたくさんの関係者がいて、こんなにいろんなインフラが必要なのか」と驚いた記憶があります。社会の発展に必要な鉄を造る源泉となる石炭を扱う仕事を若いうちからさまざまな立場で経験させてもらったことには、とても感謝しています。
一番印象に残っている仕事は?
ブリスベンでBMAに出向し最初に携わった、テーリングダム (排水処理・貯水ダム)拡張プロジェクトのことはよく覚えていますね。現地の専門家の人たちと一緒に進めていたのでもちろん会話は英語。会議ではダムに関する専門用語が飛び交っていたのですが、私立大学の文系を卒業した私にはわからないことだらけでした。理解できない言葉があっても、「ちょっとすみません」と会議を中断するわけにもいかず、かといって日本のように先輩がつきっきりで教えてくれるという文化もないので、始めは本当に苦労しました。まずは人間関係を作って、無理矢理にでも仕事を教えてもらうところから、少しずつ現地での業務になじんでいきました。
私が任されているポジションは、今までにその業務に携わった先輩方が頑張って築き上げたもの。それを私が汚すわけにはいかないという思いは常に持っています。「使命感」といったらかっこつけすぎかもしれませんが、築き上げられた実績をもっとよくして、自分も後輩たちへ引き継いでいかなくてはならない。大変なときも、その気持ちが原動力になっていました。
出向先の会社を去るときに、「出向当初は直接話す機会はないだろうな」と思っていた上役の方から「この会社に貢献してくれてありがとう」というメールをもらいました。その一言はとてもうれしかったですね。頑張ってよかったと思いました。
今の会社を選んだ理由は?
学生時代は具体的に「石炭に関わる仕事をしたい」などと考えていたわけではありませんでしたが、商社に対する漠然とした興味は抱いていました。会社としてさまざまな商品や仕組みを扱う商社なら、事業を経営するように複合的な視点を持って仕事ができると思ったのです。
たまたま大学に三菱商事出身の教授がいて、その先生の話がとてもおもしろく、それが商社の中でも三菱商事に惹かれる最初のきっかけとなりました。それからOB訪問などを重ねるうちに、どんどん志望度が高まってきました。早い時期から三菱商事が第一希望だったので、就活では敢えて他の会社にも目を向けなくてはならないことがつらかったですね。