逸見太郎 父・逸見政孝は寡黙で亭主関白 借金12億あった

Jeana
2015/10/29
貯金・節約
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28日に放送された「ミヤネ屋」に逸見太郎が出演。
父親は、1993年に48歳の若さで亡くなった、フリーアナウンサーの逸見政孝。

太郎はテレビでは映らなかった父親の素顔や、今思う気持ちを語った。
フジテレビの局アナからフリーに転向した逸見。
「いっつみー」の愛称で、各局に看板番組を持つほどひっぱりだこ。

テレビに映る姿は、笑顔がステキで愛嬌があったが、厳格で家では一切笑わず亭主関白だった。
太郎は、父親がスタジオで転がる姿などをテレビで見て「こういうこともするんだ」、「そういう一面もあるんだ」と、ビックリしていたそうだ。

子ども時代は、逸見が出ている番組が始まると、「出るぞ」と全員が呼ばれて家族で視聴。家では厳格だったために、バラエティ番組にこやかな笑顔を振りまいている姿とのギャップにどう対処していいものか困ったという。

逸見がフリーアナウンサーになったことで生活が一転。
借家だったのが一軒家になり、国産車が海外の高級車になった。

そして人気絶頂の1993年9月に胃ガンであることを記者会見で発表。
会見前夜には、自室にこもり何を言うのかを考え、家族の誰も声をかけることができなかった。

当時は、がんを告白をする会見は衝撃的なことで、その分バッシングもあった。
同じ病で苦しみ、家族が隠している場合もあったため、「わかってしまった。バレてしまった」と、かん患者からのバッシングを受けた。

だが、逸見は病をふせて仕事を続けていたため、「みんなにウソをつきたくない」と会見に踏み切った。

冠番組を数本持ち、自宅を建てたことで借金は12億円。
毎月光熱費だけで10万円もかかった。

その家には1年程しか住めず、会見からわずか3ヶ月後の12月に48歳の若さで亡くなった逸見。
夫の思いを受け継ぎ、家を手放さなかった妻の晴恵さん。

その後約16年で借金は完済。今でもその家に家族で住んでいる。

当時21歳だった太郎は、「あっという間だったので、もっと会話をしたかった。強い父親ではあったけれど、もっと知りたかった。なんで家で喋らない男が、テレビであれだけはしゃげて色々パフォーマンスができたのだろうと息子として聞きたい」と語った。

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