「挫折がひとより早かった」。クリエイティブ・ディレクターの清水恵介さんが若者に伝えたい“失敗は財産”
YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」やNHK総合の音楽ドキュメンタリー「おかえり音楽室」 のクリエイティブ・ディレクターの清水恵介さんをTBWA HAKUHODOに訪ねた。最近は活躍の舞台を広告からYouTubeやテレビにまで広げ、華やかな世界を縦横無尽に泳いでいるように見えるが、「ずっと転び続けてるんですよ」と本人の口からは意外な言葉が飛び出した。
「好きなことを仕事にする」の裏側にある、清水さんのホンネをうかがった。
清水さんのちょっと変わった仕事の変遷
ーー職歴として、TBWA HAKUHODOが一社目ですか?
いえいえ、僕はマイナビの学生さんの参考にならないくらい、いろんなことをやってきてます(笑)。映像の学校に通いながらバンドでデビューして、その後、映画配給会社やデザイン事務所に勤めた後、広告業界である今の会社に入って15年目です。
ーーすごい職歴ですね。今の肩書きは?
僕の名刺にはクリエイティブディレクター、シニアアートディレクター、プロデューサーって書いてありますけど、プロデューサーは上司に言われたから入れました(笑)。
ーー現在、関わっているプロジェクトを教えてください。
フードデリバリーサービスの広告や、商業施設のプロジェクト、「THE FIRST TAKE」はもうずっとやってますし、あとはNHKの音楽番組「おかえり音楽室」の企画・監督をやってます。
ーー職場をいろいろと変えてきた理由は何ですか?
うーん、挫折ですかね。
ーー挫折、ですか?
僕は若い頃から挫折と失敗をたくさん経験してきたんです。いろんなところで「才能がない」って言われてきたんですよ。
ーーそうなんですね。
映像の学校に入って、いきなり一緒のチームになった人の才能がすごかった。彼の才能を見せつけられて、自分に才能はない、向いてないって思い知らされました。
彼、というのは映像監督として活躍してる安田大地さんで、先週SixTONESのMVを一緒に作りましたけど(笑)。
ーーバンドというのは?
バンドに誘われてギターとベースを担当しました。ワーナー・ミュージックからメジャーデビューもしたんですけど、演奏も下手くそでした。才能がないって分かってたんですけどね、当時のバンドメンバーに「清水君に価値はない」って言われたこともあります。
ーーなかなか辛辣な言葉ですね…。
そうですね。今の時代じゃ考えられないですよね(笑)。
その人は僕より20くらい年上で、きっといい刺激になるだろうと思って言ってくれたんだと思います。すごく厳しい言葉ですけど、逆に僕の価値はなんだろう、他者貢献としてどんな価値を僕は持てるんだろうって本気で考えるきっかけになりました。その人には今でもすごく感謝しています。
ーーいつ頃の話ですか?
20代前半ですね。才能がないなら、自分の好きなことで強くなろうって思った時期ですね。思い切り挫折して傷ついたんで、割と早く自分の道に気づけた良さもあります。
まぁ、今だってずっと転び続けてるなって自分では思ってますけど。
「企画を100考えても、通るのは1つだけ」
オフィスロビーの壁に掲げられた「DISRUPTION」のネオンサイン。TBWA HAKUHODOが最も大切にしている“世界の慣例や習慣を打ち破るアイディアを生み出す、創造的破壊”という考え方で、清水さん自身も常に意識している精神だという。
ーー転び続けてるって、具体的にどんなことですか?
企画とかもほぼ通らないですよ。100考えたうちの1つしか通らない。99はボツなんです。でも、だからって企画を出すのをやめることはないし、仕事で後悔して寝込むくらい落ち込むことがあっても、最終的には失敗が全然悪いことじゃないって思ってるところが、自分の武器なのかもしれません。
ーーというと?
たとえば「THE FIRST TAKE」でも、アーティストの皆さんが失敗することもあるじゃないですか。ぜんぜんかっこ悪いと思わないというか、むしろ、 失敗する人ってかっこいいなって僕は思っちゃうんです。
ーーチャレンジしているかっこ良さみたいなことですか?
そうです。チャレンジしないと、新しい価値を見つけることができないじゃないですか。だからこそ、チャレンジすることが、そもそもかっこいい。
失敗と成功って実は同じなんじゃないかなって、最近思ってます。うまく行くときと行かないときがあるだけで。失敗することも楽しいっていうか、そう思えることの方が大事だと思ってます。
ーー失敗を楽しむコツって何かありますか?
この間、講義をする機会があったんですけど、「清水さんの仕事は失敗していいかもしれないけど、私の仕事は許されないんです。失敗すると怒られるんです、どうすればいいですか」って質問されました(笑)。
ーーなるほど(笑)。
人の命に関わる仕事の場合は別にして、失敗しちゃダメな仕事ってあるのかな?って僕は思うんです。
失敗すると評価が下がるって思うんだろうし、だから怖いんだと思いますけど、前向きにやったことに対するトライは怒られないというか。
ーー前向きなトライですか?
そうです。英語で「ナイストライ」っていうじゃないですか。失敗しても、「いいトライだったね!」「いい失敗だったね」っていう。
自分はこう考えて、こういう想いでこれをやったっていう想いをちゃんと伝えれば、誰もその失敗を怒ることはできないし、逆に褒めたくなると思うんです。だって、チャレンジすることって本来は望まれることじゃないですか。
自分のトライした想いをちゃんと伝えられてないから、ただ失敗したと思われちゃう。そういうケースも多いんじゃないかなって思います。
“ストーリー”をイメージして幸せに貢献したい
ーーずばり、自分の仕事は好きですか?
はい、すごく好きなことだと思います。
ーーそう感じる瞬間ってどんなときですか?
結構、いろいろありますね。僕は22年前にデザイナーとしてスタートした職人タイプなんですよ。細かいことを作り上げていくことが好きで。だから、ぐっと集中してひとつの仕事に向かっている瞬間が好きですね。
ーーもともとは職人タイプなんですね。
そうなんです。でも、ひょんなことから代理店で働くようになって、外にいる誰かに自分のデザインやコンテンツを届けるようになった。
それを見た誰かの心が動いたり、自分の視野が広がったって言ってもらったりするようになったのはすごく嬉しいことで、他者に対して何か貢献できたかなって感じる瞬間なので、それも好きです。
ーー「THE FIRST TAKE」や「おかえり音楽室」のような仕事と、 デザインの仕事に共通するものは何ですか?
何をやっていてもデザインだと思ってやってるところはありますが、最終的には全部“ストーリー”を作っていくことだと思ってやってます。
ーーストーリーとは?
たとえば、カタログをデザインする時も、誰かがこのカタログを手に取り、心が動いて商品を購入し、幸せな生活を送る。そうなったらいいなってイメージしながら作ってます。
だから、作っているものが雑誌でもテレビ番組でも、自分の中では、やってることはあまり変わらないんですよね。
ーー失敗の話でも出てきましたけど、ストーリーを大切にしてるんですね。
そうですね。挫折も失敗も、ストーリーにすれば財産じゃないですか。
価値がないって言われて考えたから、自分の仕事に社会性を持つことができたし、バンドの才能はなかったけど、レコーディングで学んだことや、映画の配給会社でポスターなどの宣伝美術を作っていたことは、現在の仕事に役立っています
過去の経験がぜんぶ活きてくるんですよ。失敗はチャレンジした結果で、自分の財産です。
自分の“好き”が見つからないなら
ーー好きなことを仕事にできている清水さんですが、「好きなことが見つからない」という悩みに何かアドバイスできることはありますか?
よく聞きますよね。でも、絶対にあるはずなんです、みんな。どんな人にも独自の感性があって、それを見つけられていなかったり、言語化できていないだけで。それができたら好きなことは見つかると僕は思いますね。
まず、感性を磨くところから始めたらいいと思います。
ーー清水さんはどうやって感性を磨いているんですか?
自分の中で心が動いたり、違和感に感じたことを、どんどんメモにしてストックしていく。そして、それを深堀りすることを繰り返してます。iPhoneの中にはメモとスクショだらけですよ。
この間は「おごそか」っていう言葉がメモに残ってました。「おごそか」って、確かにどういう感情で感覚なのだろうなって。理解しているつもりだけどよく分かってない。そういうことをストックしていって、時間のあるときに考えてみたり、気になったことを調べにどこかにでかけてみたりしています。
ーー今でも続けているんですね。
毎日やってます。逆に言うと、そこから抜け出せないくらいずっとやってます。
めちゃくちゃシンプルなことですけど、続けていくと自分の感性が磨かれて行くんです。結局、アウトプットすることって自分の日々の蓄積でしかないから、どれだけ考えてどれだけ感性を磨いてきたかによるんです。
独自の感性がある人は面白いデザインになるし、そこを意識していない人は、やっぱり魂のないデザインになっちゃうっていうか。そうやって自分の感性をアップデートしていくと、好きなものも自ずと分かってくると思いますよ。
ーー最後に、今後清水さんがチャレンジしたいことを教えてください。
恩返しみたいな気持ちから、日本にいまだかつてない音楽ドキュメンタリー映画を作りたいって思ってます。写真や映像の撮影をずっとやり続けてきたし、音の扱い方の知見もあるので、きっと僕がやった方がいい(笑)。いつかきっと、そのチャンスが回ってくるって信じて日々奮闘しています。
清水 惠介
1980年生まれ。NHK、Netflix Japan、SHISEIDO、UNITED ARROWS、NISSAN、AIG、MUJIなど、数多くのブランドのキャンペーンやコンテンツを手がける。 '19年にYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」の企画・クリエイティブディレクション・アートディレクション・映像監督を担当。'23にNHKの音楽ドキュメンタリー番組「おかえり音楽室」を企画・映像監督を担当。Campaign誌クリエイティブパーソンオブザイヤー'19、クリエイターオブザイヤー'18メダリスト、カンヌ金賞、ニューヨーク・アートディレクター・クラブNYADC賞グランプリ、ACCグランプリなど受賞多数。 現在は広告業の他、TV、YouTube、ストリーミングサービスなどの分野で、コンテンツディレクターとしても活動中。
取材・文 ぎぎまき
撮影 原田義治
編集 学生の窓口 越前谷