「掬星台行ってみいへん？」
「キクセイダイ？」
「星を掬うと書いて掬星台、夜景スポットや。」
夏期休暇、久方ぶりに地元の友人が集まった。集まったと言えど私を含めて三人だ。
男三人で車に乗り込み、ドライブを兼ねて神戸へ夕食に行った。海沿いのレストランの周りは観覧車やライトアップで煌めき賑わっている。
星を掬う、小洒落た名前である。
カーナビの示す通り、摩耶山の葛折になった山道を登ってゆく。車道に飛び出した草がフロントバンパーに当たりパチパチと音をたてる。車を停め、目的地へと歩き始めた。八月とはいえ、夜の山上、標高約七百メートルとなると空気が冷たく清々しい。展望台までは十分弱である。電灯はあるものの、道路脇の木々の間には星を無くした宇宙のような暗黒が広がっている。展望台に着くと一遍に視界が広がった。神戸から大阪までの夜景が一面に広がる。大阪湾の向こうには大阪の街の光が天の川のように帯を成している。美しさに思わずスマートフォンを手に取り、夜景を写真に収めた。 夜景を眺めていると、遠くの光がチラチラと瞬いているのがわかる。瞬いて見えるのは光源が点滅しているからではない。光源と展望台の間の空気の層の中に温度差があることで密度の勾配が生まれ、光が屈折するために光が一様に届かず強さが変わり、瞬いて見えるのだ。一方で近くの光は瞬くことはなく光が一定に見える。光源と展望台の間の空気の密度の勾配が小さく、光源の光も強いためである。
もう一枚撮っておこう。画面に映るのは、満点の星と数えるほどの街の灯りだ。天の川まで明瞭に見える。星が瞬いて見えるのは夜景の遠くの光と同様の理由であり、大気が星を瞬かせている。瞬かない星、金星や火星などの惑星は夜景の近く光と同様だ。 失礼、暗闇で誤って先程の写真が映ったままのスマートフォンを逆さに持ってしまった。
夜景が美しい理由は、星空のそれと近いのかもしれない。掬星台は、大阪平野を一望できる場所にあり、遠くまで見通せるため瞬く光が多く見えることが美しさの要因のひとつであろうか。空を見上げても星は大して見られない。昔はここから満天の星が望めたのだろうか。
帰り道もまた九十九折の山道だ。余りに折れ曲がるため車が瞬くのではないかと不要な心配をしてしまった。
掬星台という名前が気になった。先人は、何を思って名付けたのだろうか。インターネットでは由来や、名付けられたのがいつなのか明白なものが見つからない。星空が星が掬えそうな美しさであるとか、夜景がそうであったとか情報が入り乱れている。掬星台へと続く摩耶山を登るケーブルカーやロープウェイの建設や開業に関しては、約百年ほど前からの情報が見つかる。それに対して、掬星台の歴史に関する情報は展望台のある公園内の改装などの情報以外ほぼ見つからない。情報を得るためにいくつか問い合わせた。その結果、灘区役所より灘区制９０周年記念写真集ＮＡＤＡ９０に、掬星台は昭和十八年に高射砲陣地の跡にでき、星を掬うような美しい夜景が見られることから名付けられたと記載があることを教えていただいた。第二次世界大戦中から、現在までの神戸、大阪間の街の灯り全てが星である。観覧車、街ゆく車や建物のライト、街灯、全てが夜景を形作る星なのである。その場所の眺望が想像される名前を付ける日本人の言語感覚、日本語のの麗しさに触れた。
掬星台という名前が好きになった。