夏休みの炎天下のある日に私は何故かチラシ配りをしていた。......|エッセイ企画「#Z世代の目線から」キーワード:夏のある日
エッセイキーワード:夏のある日
エッセイタイトル:『真夏の手汗の魔術師』/著者:井上智尋 さん
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夏休みの炎天下のある日に私は何故かチラシ配りをしていた。都心の大きな街が舞台であったからこそ、圧倒的なヒートアイランド現象がスポットライト化した。周囲のスタッフの汗が源泉のように湧く表情と比較して、私は涼しい顔と向日葵のような表情のダブルキャストをしながら持つチラシを次々に捌いているのであった。
そんな忙しない夢は前触れも無く覚め、私は現実に引き戻された。「夏…はn中症対策m…行いましょう」というぷつぷつ途切れた行政無線が私を起こしたのだ。午後1時、猛暑であっても部活動がオフの日に眠る貴重な時間は心地良かった。しかし暇と呼称される時間を作ると、何かを考える時間も当然長くなる。それが良いことなのか悪いことなのかはさておき、私はまたもや先程の至って普通の夢について考える経緯になってしまった。
そういえば私は夢で自分が行っていたチラシ配りと非常に相いれない存在である。私には平均の人と比較して手汗をかいてしまう手掌多汗症を患っているからだ。
暑い分だけ、私の手汗でチラシなどは簡単に溶かせてしまう。金属を数日で錆びさせる能力も同時に嗜む。日常生活で少しでも楽に振る舞えるように、私は普段魔力を遮る薄い手袋を装着している。しかし手袋のような素材であると、ゴム手袋や軍手等では無い限り、滑ってチラシを配ることはできない。
強敵はもう一つ存在する。それは何気ない周囲の言葉の正弦波だ。雑談の中で手汗に言及されるだけで、反応に困ってしまい居た堪れない気持ちになる。笑いに変えれば良いのか、共感してもらえば良いのか、憐憫の情で見て欲しいのか…どれも私の中では当てはまらなかった。気兼ねなく友人と手を繋ぎ、ハイタッチも行ってみたかったのだと思う。
「夏休み」というワードを耳にすると多くの人たちは「休み」という後ろの二文字を取ったポジティブな考えをすることが予想される。その間、私は物心がついた時から「夏」という一文字を眺めながら手汗と戦っているのだ。しかし夏の魔術師としてハロウィンを先取りして現れるような者は私だけなのだろうか? いや違う。私は偶々、夏に困り事の多い立場であるだけだ。本来、生き抜く上で一度も困難を感じない人など居ないはずだ。
読者である貴方自身も気づかない何かと対峙し、意識中のどこかで戦い続けているだろう。その手応えを多く感じる四季は人によって違えど、一分一秒と私たちは躍動する。
「夏休みは熱中症対策も行いましょう」
エーデルワイスのBGMに重なった明瞭な放送の声が私たちを包んだ。
著者:井上智尋 さん |
学校・学年:慶應義塾大学 3年 |
Twitter:@chihiro_logical |
著者コメント:物心ついた時から手汗の止まらない生活を送っていました。そのため夏は毎回覚悟をせざるを得ません。世の中には多かれ少なかれ、みんなが悩み・病気・怪我等と戦っています。これは皆さんに送る一種のエールです。 |
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