『風』 風を感じるということは、気圧傾度力を感じるということだ。|「#Z世代の目線から」エッセイコンテスト7月

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「#Z世代の目線から」エッセイコンテスト7月
特別掲載:『風』久保獎太朗 さん

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風を感じるということは、気圧傾度力を感じるということだ。風の流れる先を占うということは、コリオリの力を理解することだ。風は一見気まぐれにも見えるけれど、物理法則に支配されて流浪する空気の悲しい営みでもあるんだよ。海へ向かう長いトンネルの中で運転席に座る先輩は、誰に聞かせるということもなく、よく独りごちていた。でも、風を知るということは、ヨットに乗ることによってしかもたらされないんだよ。トンネルを抜け、眩しそうに目を細める先輩の口の端が僅かにほつれる。

大学に入り、私はヨット部に所属していた。
ヨットは2人乗りの小さな物だったから、広大な水面の上にポツリと浮かんでいるそれはとても頼りなく海を渡ったし、さながら流罪にあった罪人を運んでいる高瀬舟のような危うさを感じずにはいられなかった。事実、先輩が私の後ろで舵を取りながら手取り足取りヨットのイロハを叩き込んでいく様は、京都町奉行所の同心と流人のように、例えば飛行機の上からならば見えたかもしれない。

厳しい指導を賜りまして、先輩と出会って1年足らずで私はヨットの操舵を一通りこなすことができるまで成長した。しかし、これは必然でもあった。このヨットを操作できるのは先輩だけで、この年に卒業してしまうのだから。

先輩の卒業後、忘れ形見のように残されたヨットは覆いを被され寂しげに倉庫で眠っていたが、それは幸いにも冬眠というよりは午睡に近い時間で打ち切られた。学年を1つ上げた私の下には、比叡颪が運んできたのであろうか、あれよあれよと言う間に新入部員が揃い、春の新芽が出揃う頃には再び海の上に戻された。しかしながら、たった1年の急拵えで身につけた知識では後輩相手に吹かせるような先輩風もない。ツギハギだらけ、手探りの暗中模索で始まった2年目のヨットでは、自ら意図せぬうちに、まるっきり自然と、雛鳥が親鳥の跡を無意識についていく刷り込みのように、私は自分が先輩にしてもらったことをリバイバルしていた。コリオリのなんたるかは口の上でスキップしたし、冬の山颪について語ってみると、後輩の頭上にはひよこが踊っていたけれど。

ただ一つ、先輩の口癖の中で「風を知るということは、ヨットに乗ることによってしかもたらされないんだよ」という言葉だけがすっきりと理解することができないまま、心の隅で澱み、口に出す前に喉のところで引っかかった。十分とは言えないまでも、ヨットの操舵に慣れ、風の知識をつめこんでもなお「風を知る」と言う言葉が心のどこかで波紋した。

今日も後輩を乗せて海へ出る。
海は鱗をばら撒いたように銀色に光っている。水面を進むヨットの上には飛行機。初夏の海色の空に白いラインを引きながら西へ渡ってゆく。ヨットはそれを追いかけるように南西を目指し帆走する。暴風の中で押しやられていた草木がふと訪れた一瞬の静寂に色めきだつかのように、ヨットにより切り裂かれ均された水面は太陽を一身に浴び煌めいている。ややまだら模様となった飛行機雲に、ヨットの軌跡が重なってゆく。ふと、前を見つめている後輩が言った。「先輩のあだ名にさん付けで呼んでも構いませんか?」恐る恐るしかしはっきりとした決意を感じさせる声であった。「風を知る」か。なるほど、私が読むべき風はここにもあったのだ。自由奔放と駆け回る無邪気さを内包しながらも、先輩と後輩というやや封建的関係にとらえられ、進みあぐねている小さな風が。海の上で2人きり取り残されたかのような空間が、私に後輩くんの内面を見つめる機会をくれた。

帰りの車で話してみよう、とそう心に結ぶ。「風を知る」ことについて。


著者:久保獎太朗 さん
学校・学年:大阪医科薬科大学 3年
著者コメント:「うみ」と言うキーワードは、脳内で簡単に「海」へと変換されます。私にとっての海は単なる静的イメージではなく、極めて動的なもので、水そのものではなく、周囲も含めた環境であり、現象です。海と聞いて、水のうねり、流れを連想し、海と共にある風に共通項を見出しました。さらに海風のように流動的なものとして人を類推しました。この作品の中で直接的には風は後輩のメタファーです。文頭が「先輩の口の端が僅かに”ほつれる”」ならば文末は「そう心に”結ぶ”」です。比喩表現を多用しつつも文内でリフレインされる心地よさを味わっていただきたい。これが私のレトリックです。

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昔ながらの大学生活でイメージされるような大学生活を謳歌し、就職活動はちゃんとやらず、社会人のスタートではつまづき、いろんな会社を転職しながらキャリアビルド。学生や若い人のチャレンジを応援したい、頑張れる場を提供したいという想いを持って編集部で活動中。伝えたいメッセージは「自分で考え、自分で動き、人にはどんどん頼りましょう」

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