【お題:"ガチャ"】「#大学生の目線から」エッセイコンテスト入選作品4『親ガチャ、最初聞いた時、なんて失礼な言葉だろうと思った。子どもは親を選べない。... ...』

編集部:ベッシー

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エッセイコンテスト6月「#大学生の目線から」入選作品4:筑波大学 3年 ユトウ さんのエッセイ

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親ガチャ、最初聞いた時、なんて失礼な言葉だろうと思った。子どもは親を選べない。親の経済状況や、接し方は、子どもへ大きな影響を与える。わかっている。親が「ダメ」と言えばできない、「やめなさい」と言えばやめなきゃいけない。そうだとしても。

「親ガチャ、ハズレ引いた」。それは、親が子のために行ったはずの全ての努力を、踏みにじるように聞こえた。親のありがたみを理解していない子どもの、軽はずみな発言だ、と思った。もし仮に、自分が親になった時に、子どもにこんなことを言われたらどうしようか、とまで考えた。

でも、そうではなかった。私の方が軽率だった。決めつけてはいけなかった。「親ガチャ、ハズレ引いた」。それは単なる悪口ではなく、子どもの救難信号。「僕が悪いんだ」と自分を責めずに、「親が悪いんだ」と親に責任を求めることは、決して悪いことじゃない。むしろ、その方が健全ではないか。他人に親の悪口を言えるというのは、子どもたちが、その不遇を当然とは考えていないということ。

そしてこれは、「親ガチャ」だけの話ではない。

自分に責任を求めることは簡単だ。失敗した時、何が悪かったかを考えて、反省して、次に活かすというのは、生きていく上で必要不可欠。その作業に慣れすぎて、どんな結果も自分の力量に依存すると捉えてしまっているのではないか。そう思う。

私は就活を控えている。就活は基本的に、「自分を選んでもらう」作業だ。不採用とはすなわち、選ばれなかったということ。求められなかったということ。

選ばれなかった、つまり自分に価値はない。求められなかった、それは会社が求める力を持っていなかった自分が悪い。

果たして、そうなのだろうか。

いや、違う。自分の価値を見出せなかった会社は、むしろ不幸だ。巡り合わせが悪かった、ただそれだけのこと。つまり、就活ガチャにハズれただけ。

そう考える方が健全で、理にかなっている。すべての責任を自分に押しつける必要なんてない。

失礼だ、と思われるかもしれない。お前が悪い、と言われるかもしれない。それでも、私はこの考えを大切にしたい。



著者:ユトウ さん
学校・学年:筑波大学 3年
著者コメント:あまり深く意味を考えず嫌煙してしまう言葉は多いですが、その背景にあるものを一度じっくりと考えて、向き合ってみることが大事だと思いました。

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「#大学生の目線から」6月期エッセイコンテストの結果と総評はこちら

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