ネットのトレンド研究から、「やさしい世界」を作りたい-武蔵大学・粉川一郎教授の研究
日々、ネット上ではさまざまなイベントが起こります。
「まとめサイト」が流行したり、「Twitter」「LINE」「Instagram」に代表される人気のコミュニケーションツールが移り変わったり……。
そんな、ネット上の「盛り上がり」「トレンド」をキャッチアップして調査・分析しているのが、 武蔵大学で「NPO論」「ソーシャルメディア論」を専門にされている、粉川一郎教授 のゼミです。
今回は、粉川教授の研究室にお邪魔しました!
ネットワーク・コミュニケーション分析の数々
武蔵大学 社会学部 メディア社会学科の粉川一郎教授は「ソーシャルメディア論」「NPO論」の専門家。
特にソーシャルメディアについての研究では、研究室のゼミ生と共に「ステマ」「まとめサイト」などを対象に、非常にユニークな研究を行っていらっしゃいます。
近年の研究報告書を幾つか取り上げてみても、いち早くソーシャルメディアのトレンドを捉えていることが分かります。
※下記参照
●2017年度 VR「VRによって拡張される現実に社会はどう向き合うのか」
●2016年度 位置情報ゲーム「テキストマイニングから読み解くポケモンGO -新聞とTwitterの分析から-」
●2016年度 ヘイトスピーチ「『昔は良かった』は本当か ~ヘイトスピーチから見るインターネット上の言説の変化~」
●2015年度 YouTuber「YouTuberとは何か ~YouTuberの実態調査~」
●2013年度 まとめサイト「まとめサイト研究 ~情報過多社会と編集のコモディティ化~」
●2012年度 ステマ「粉川ゼミ調査報告書【武蔵大学】三年粉川ゼミがステマしてるっぽい・・・【ステマ乙】」
●2011年度 東日本大震災「東日本大震災におけるインターネット上での情報流通に関する調査報告書」
●2010年度 Twitter「Twitter利用の実態調査 ~多角的視点からのトリガー実態調査」
●2008年度 ブログ炎上「炎上とは何か?~コメント分析から見た炎上のメカニズム~」
では、このような研究と「NPO論」とはどのように結び付くのでしょうか?
粉川教授に直接お話をお伺いしました。
出発は「NPOの研究」ではなかった!
――粉川先生のご専門は「ソーシャルメディア論」「NPO論」と伺っておりますが、研究を始められたきっかけは何だったのでしょうか?
粉川教授 私は外からは主に「NPO研究」の専門家 と見られています。実際、そのような論文、著作※1が多いのですが、初めはそうじゃなかったんですよ。王道を歩めずに、紆余曲折を経て今にたどり着いています(笑)。
大学院の学生の頃、1995年に私が考えていたのは「ネットワークに誕生するコミュニティーは、人間が生活する新しい場ではないか」ということでした。
また、ネットワークコミュニティーを面白いと感じていましたから、これについて研究しようと思っていたのです。
――95年ですから「Windows 95」が出た年ですね。
粉川教授 はい。パソコンが爆発的に普及しだした年ですが、まだインターネットについてはほとんど知られていませんでした。電話回線を通じた電子掲示板やチャットが行われていた「パソコン通信」の時代です。
『NIFTY-Serve』※2に「ネットワークコミュニティー研究会」というのがありまして、金子郁容先生、國領二郎先生、室井尚先生などそうそうたる方々がいらっしゃいました。
大学院生の私も末端に座らせてもらい、「ネットワークコミュニティーの動態研究」にも加えていただきまして、その後、そのテーマで修士論文も書きました。
ただ、そのまま博士後期課程に……ではなく、なんとなく成り行きで現場に出ていったんですね。
当時SFC(慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス)にいらっしゃった金子先生が、神奈川県藤沢市で「藤沢市市民電子会議室」をつくるというプロジェクトに私を誘ってくださったのです。
で、お手伝いしたのですが、この「藤沢市市民電子会議室」は地方自治体の歴史の中でもとんでもなくエポックメーキングな出来事だったのです。
――「藤沢市市民電子会議室」とは、どのような内容のものだったのでしょうか?
粉川教授 市民のみなさんが電子会議室でディスカッションを行い、それを市政に反映させようという日本初の試みでした。
その後、藤沢市を後追いして全国で900以上の地方自治体が電子会議室を持つことになる先行事例です。
――それはすごいですね!
粉川教授 「藤沢市市民電子会議室」は、その後20年続くことになりますが、このプロジェクトをたまたま見ていらっしゃった三重大学の先生から「似たようなことを三重県でやるから手伝ってくれない?」と言われました。
それで行ってみたら、三重県のNPOを電子会議を使って支援しようというプロジェクトで、特に三重県の環境NPOを支援するものでした。
私は環境科学研究科というところを出ていますので、親近感を持ってプロジェクトに携わっているうちに、三重県のNPOとか市民活動に関わり合いを持つようになりました。
当時はあまり行われていなかったNPOの評価、それをやらなきゃいけない よねって言いだしたら、それに賛同する仲間が出てきて研究・実践することができたんです。
――それまではそのような研究はなかったのですか?
粉川教授 NPOの評価は大事だといわれていたのですが、ほとんど手が付いていなかったのです。
ですから三重で私が取り組んだ「評価みえ」の活動は学会でも大変に注目していただけて、その辺りから私は「NPOの研究者」に変わっていっちゃった んですよ。
※1
粉川一郎教授の著作
・『パブリックコミュニケーションの世界 (叢書・現代の社会学とメディア研究)』(2016年)
http://ur0.biz/BleW
・『社会を変えるNPO評価―NPOの次のステップづくり』(2011年)
http://ur0.biz/9zwA
※2
NIFTY-Serve
ニフティ株式会社が運営していたパソコン通信サービス。
研究テーマは「ボランタリー・アソシエーション」である!
粉川教授 というわけで、2001年前後から、外からは「NPO関連の専門家」と見られるようになったのです。
もちろん根っこには「ネットワークコミュニケーション」についての思いがあるので、それも大事にしていますし、その研究を行うゼミも持っていますが、ネットワークコミュニケーションの研究者としての粉川といっても、恐らく誰も知らない(笑)。
そういえば聞いたことがある……という方はだいたい映画評論家の粉川哲夫先生と勘違いしている(笑)。
ですので、ネットワークコミュニケーションについては、学生と一緒に授業をやりながら研究をしている、というのが実態ですね。
――毎年、トレンドをいち早く捉えた研究報告書を出していらっしゃって、この点は素晴らしいと思うのですが。
粉川教授 毎年、研究室の研究テーマは、学生たちが話し合って決めていて、学生に任せているのです。
――なぜですか?
粉川教授 ネット上のトレンドというのは、やはり若い学生たちの方が敏感に捉えます からね。
――NPO研究も含めて、粉川先生の研究に根差しているのはやはり「ネットワークコミュニケーション」と考えていいのでしょうか?
粉川教授 「ボランタリー・アソシエーション」※3ですね。
インターネットだってみんなで自発的につくり始めたものですよね。別にお金もうけをしようと思ってつくったものではありません。「こういうの面白いよね?」という流れの中で出来上がり、運営もみんなで自発的に行っていたものです。
まあ実際には途中でアメリカの意向が強く働いたりとかいろいろありましたけどね。元々は「ボランタリーな人々がボランタリーのネットワークを作って何かをする」。そのような考え方に根差しています。
「ボランタリー・アソシエーション」を現実世界で実現するとNPO・NGOという形になり、仮想世界で実現するとネットワーク・コミュニティーになる。
ですから、私の研究テーマは「ボランタリー・アソシエーション」だといえるわけです。
※3
一般的に「ボランタリー・アソシエーション(voluntary association)」は、日本語では「自発的結社」と訳されます。
粉川先生の研究室は武蔵大学 江古田キャンパスにあります。
研究目的は「よりよい世界をつくるための方法」を探すこと
――ボランタリー・アソシエーションについて研究する目的は何なのでしょうか?
粉川教授 単純に言えば「よりよい世界をつくるためにはどうすればいいか」 を見つけるためです。
例えば、以前学生と一緒に「まとめサイト」について分析したことがあります。これを行ったのは、調査することで新しいネット上のインフラとしてのうまい使い方、正しい使い方、あるいは気を付けなければいけない点などが見えてくるのではないか……と考えたからです。
「まとめサイト」がインターネットの言論を恣意的に左右しているのではないかという危機感があったんですね。検証すると全く違っていましたけど。その場にあることが「なぜ起こっているのか、裏側をちゃんと確認したほうがよくない? 」というのが基本のスタンスです。
学生とは「きちんとエビデンスを踏まえて考えよう」 といつも話しています。エビデンスがあれば「こうすれば世界はよくなるはずだ」という根拠になりますからね。
研究の「面白いところ」と「つらいところ」
――先生の研究の面白いところはどのような点ですか?
粉川教授 それは単純で、みんなが当たり前だと思っていることが当たり前ではない とわかる点ですね。実際に調査を行ってみると、世間で識者がしたり顔で語っていることは、実は根拠がないことであるとわかります。
例えば10年くらい前に「麻生太郎という政治家がネット上で人気があるのはなぜか?」という研究もありました。ネット上で「オレたちの太郎」なんていわれていた時代です。世間では「アニメや漫画が好きだから」なんて言われていましたが、「それは本当なのだろうか?」ということを研究しました。
――それは面白そうですね。
粉川教授 この「本当なのだろうか?」が大事なのです。ネット上で起こっている事象の背後にあるもの、本当のことを「エビデンス」を踏まえて見つけるわけです。
結論からいえば、麻生太郎の人気は別に「アニメや漫画が好きなこと」とは関係はありませんでした。彼の発言姿勢のほうが、ずっとネットのアクティビティを作り出していたんです。
定量的な研究を行って「事象の裏側にあること」を知るのは面白い ことなのです。
恐らくこのような社会科学の分野の方が、他の学問よりも「世間の気付いていないこと」に気付きやすいんですよ。それが、社会科学の面白さといえるかもしれません。
また、このようなネットワークの研究というのは、学生たちも普段からSNSを利用していますので、データにアクセスしやすいという特徴があります。これも面白い点といえるでしょう。
――では、逆につらいことは何でしょうか?
粉川教授 期待したとおりには進まないことですね(笑)。調査・分析を行っても仮説検証がうまくいくとは限らない。
仮説検証型だけではなく、探索型の分析を行うことも多いのですが、労力をかけても結果が出るとは限らない。ただこれはどんな学問分野でも同じですからね。
――何もわからなかった……というのも一つの結論ですし。
粉川教授 ただ、それではつまらないですね(笑)。探索型の分析で、それこそ何十万件のデータを調べたのにもかかわらず、何もいえることが見つからないなんてこともあります。これはやはりつらいですよ。
「息苦しさの裏側にあるもの」は!?
――先生の研究の目標をお聞かせください。
粉川教授 今のインターネットって心が折れそうじゃないですか。
私は黎明期からネットとお付き合いをしてきましたけれども、元々は社会をよくし、新しい世界を切り開くとされたネットワークなんです。しかし、今はただただ息苦しさをつくっている。
ネット論客も元気が良かったのは2010年代の始めぐらいまでで、今やみんなネットワークに失望してしまっている。そんな状況があると思うんです。
人をたたくために、インターネットをつくってきたわけではないんですけれども。
――確かにコミュニケーションツールとしての使い方が問われる面はありますね。
粉川教授 そんな現状の中に何が隠れているだろうということを考えていまして、それが見つかれば、もっとよいネットの使い方が出てくるのではないか……と思います。それに、そのための要素というのはあちこちに出始めているんですよ。
例えば「AI」ですが、ゼミで面白い話を聞きました。
その学生の家族は「家族LINE」をやっているのですが、お母さんが一生懸命メッセージを送っても、息子と娘はそれに応えない。既読スルーとかね。
それで日本マイクロソフトの「りんな(LINE上で会話できる女子高生チャットボット)」を、グループに加えてみたそうです。
――どうなりましたか?
粉川教授 お母さんがつぶやくと「りんな」が一生懸命それに応えるそうで、そのやりとりがあまりにも面白かったのでしょうね。釣られて息子・娘も熱心につぶやくようになったようです(笑)。
昔アップルが提唱していた「パーソナル・デジタル・アシスタント構想」※4。そのような、本当に人をアシストしてくれる、ちゃんと人に寄り添ってくれている「AI」も、そろそろ実現できるでしょう。
AIが人間の生活を補佐するようになると、ネットワークのありようもずいぶん変化するでしょう。
孤独にネットをパトロールして、誰かをバッシングしようとしても、AIがそんな自分をたしなめてくれる。そうすれば幸せなインターネットが帰ってきて、もうちょっと人に優しい世界になるんじゃないかなぁ、と思います。
――「幸せなインターネット」はいい言葉ですね。
粉川教授 ですから目標は「もっと優しい世界」をつくることですね。
※4
「personal digital assistant」は1993年アップルが発表した「Newton」という小型デバイスに付けられた(一種の)コンセプト名。
研究者は今後一番つぶしが利く仕事かもしれない
――当サイトは現役大学生、大学進学を目指す高校生もたくさん読んでいます。中には研究者になりたいと思っている読者もいます。研究者の道が気になっているけれど踏み出せないという人へのアドバイスがありましたら、ぜひお願いいたします。
粉川教授 それはなぜ踏み出せないのでしょう?
――やはりいろいろ不安になるからではないでしょうか?
粉川教授 それはよくわかります。学生を見ていても、最近の若者は保守的になっているなとは思います。ずっと低成長の時代が続き、明るい話を聞いてこなかったでしょうから。ネットでもそんな情報があふれていますし……
ただ不安という意味では、研究者の道ではなく、就職したって変わりはないですよね。一流企業に入ったって倒産する可能性のある時代です。不安はどんな道を選んでも付きまといます。
しかし、研究者は、自分の進む方向を自分で決められます。どんな研究テーマを選ぶのか、どこまで努力するのか、どんな仮説を立てるのか、全部自分の責任で行えます。これはいいところですよ。
――確かにそうですね。
粉川教授 また研究者というのは、アカデミックな作法を教えてもらっています。自分で問題を見つけてそれを解決する、結果を発表する、全部一人でできないといけません。これができるのは一般社会でも非常に優秀な人材ですよ。
ですから、実は研究者というのは今後一番つぶしが利く仕事かもしれない。博士号を持っているのは、いわばその証明です。
たとえ、研究の道から企業へ就職といったことがあっても、博士号はあなたが「使える人材」であることを示してくれると思います。
どうせ不安定な世の中ですから、研究者の道に進みたければ、思い切ってチャレンジしてみてもいいのではないでしょうか。
――ありがとうございました。
ネットワークコミュニティーもNPOも、「ボランタリー・アソシエーション」に根差したという意味では同質で、どちらも似かよっているとのこと。たしかにこれは普段あまり気付かない視点です。
ボランタリー・アソシエーションを研究することで見えてくる「本当のこと」が、よりよい社会、幸せなインターネットを実現するための一助になるといいですね。粉川研究室の報告書にもぜひご注目ください!
(高橋モータース@dcp)
武蔵大学 社会学部メディア社会学科 教授 グローバル・データサイエンスコース主任。
筑波大学 大学院修士課程環境科学研究科修了。三重県生活部NPO室市民プロデューサー等を経て現職。藤沢市市民電子会議室に立ち上げより世話人として参加。現在は複数の自治体で社会的インパクト評価に取り組んでいる。『社会を変えるNPO評価-NPOの次のステップづくり』(北樹出版, 2011年)、『パブリックコミュニケーションの世界』(共編著,北樹出版, 2011年)、『東日本大震災とNPO・ボランティア: 市民の力はいかにして立ち現れたか』(共著, ミネルヴァ書房, 2013年)など著書多数。
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