「アイスとホット、どちらに致しますか?」 アルバイト中、この台詞を言う機会は意外にも多いのですが…|エッセイ企画「#Z世代の目線から」キーワード:ほっとするもの
エッセイキーワード:ほっとするもの
エッセイタイトル:『ほっとを届ける』/著者:くらげ さん
「アイスとホット、どちらに致しますか?」
アルバイト中、この台詞を言う機会は意外にも多いのですが、お客さまから
「じゃあ、ホットで」
と返される回数が増えるたびに、冬を感じます。あとは閉め作業で冷蔵庫に仕込んであったレモネードや珈琲、そして紅茶を廃棄する時、ボトルいっぱいにドリンクが残っていたりするとやはり冬を感じられるのです。
そう感じているのはわたしだけではないようで、働きながらよく
「最近、ホットドリンクのはけがいいよね」
「ね、寒いもんね。コーンスープとか鉄板料理もよく出るようになったね」
なんて話をすることも増えてきました。やはり寒い日は店内のどこからでも「ホットで」
「コーンスープ追加で」の声が自然と聞こえてきます。
こうして冬本番を前にすると、どうしても思い出すことがあるのです。
今年の一月のことです。大雪に見舞われた日、わたしは店におりました。大きな窓の外は真っ白で、そりゃあもう比喩でもなんでもないくらい外の世界すべてがまっしろにみえるほど、その日は朝からずっと雪が降り注いでいました。だからか、客足は通常に比べて9割ほど減っていて、
「まさか誰も来ないなんてこと、あったりするのかな」
なんて、その日一緒にシフトに入っていた先輩がワクワクした声色で話しかけてくるほどでした。結局、先輩の言うとおり夕方から夜にかけて店にお客さまが来ることはなく、永遠に手持無沙汰で店内のグラスを磨ききってしまいました。
しかし19時前、初老の女性と中年の男女三人組のお客さまがご来店されたのです。
その日はじめてのお客さまでした。
暖房がいちばん効くお席にお通しし、メニューを差し出すと
「お姉さんのおすすめはある? 外がすごく寒くてね」
と初老の女性にたずねられました。おすすめを聞かれることも意外と多く、すぐさまコーンスープ付きのセットをいつも通りおすすめいたしました。それからふと雪が降るほど寒い日に唯一来てくださったお客さまだと気付き、付け足すようにそっと口を開いたのです。
「寒い日にはコーンスープ付きのセットにホットのドリンク、特にホットレモネードをつけられる方が多いですよ」
勢いでした。すこし驚いたような顔をした女性がすぐに微笑み、そのまま三人ともコーンスープ付きのセットにホットレモネードをつけたメニューを注文してくださいました。押しつけがましかったかなとほんのりと不安を抱きながらも、スープとホットレモネードを手に、その女性たちが待つ席へと向かいました。
カタカタと食器を鳴らしながら、湯気がたったスープとドリンクをテーブルに置けば、
「ありがとう、これで思う存分温まれるわ」
とお礼を言われました。その日唯一のお客さまの綻んだやわらかであたたかな笑みに勝手に救われた気になりました。冬の、特に寒い日に来てくださったお客さまのほっとした表情を見て、わたしのこころもじんわりとあたたかくなったのです。
だれかのためにしたことに対して、見返りを求めるのはあまり良いことではないかもしれませんが。この瞬間だけは、なんだか誇らしい気持ちになりました。
それからアルバイトで
「アイスとホット、どちらに致しますか?」
と口に出すたび、ホットドリンクを運ぶたびに、だれかのほっとする瞬間と笑顔を提供できる仕事の素敵さを知りました。同時にそんなお客さまを見てあたたかい気持ちになるからか、わたし自身も接客時の笑顔が増えたのです。だから誰かにとってほっとする瞬間を届けられる、そのことがわたしにとってのほっとするものだと感じました。
著者: くらげ さん |
学校・学年:日本大学 4年 |
Twitter:@Aoku_oborete |
著者コメント:防寒対策や冬のあたたかい料理でエッセイが書けないまま、アルバイトに行った時にホットドリンクを頼まれたのでこれだ!と思い、ホットドリンクにまつわるほっとした時間を切り取って書いてみました。 |