研究の面白さってなんですか? 『日本書紀』研究に革新的な進展をもたらした博士に聞いてみた #学問の面白さ

編集部:ゆう
2019/10/11
授業・履修・ゼミ
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学問の面白さ

"Education is a progressive discovery of our own ignorance."
– Will Durant
(勉強とは自分の無知を徐々に発見していくことである。)
あまり勉強に熱が入らない大学生も多いのではないだろうか。もしそうなら、かなりもったいない。この連載では、勉強する意味を見出せていない諸君に向けて、文系・理系の様々な学問を探求する「知的好奇人」達からのメッセージをお届けする。ちょっとした好奇心が、諸君の人生をさらに豊かにしてくれることを祈って。

大学生の皆さんは、『日本書紀』は日本初の正史だと歴史の授業で習ったことでしょう。正史とは、当時の政権によって正式な歴史書と認められたものです。『日本書紀』は日本の成り立ちを知るための最重要文献といっていいのですが、一方で謎に満ちた書物でもあります。

天照

『日本書紀』がどのように成立したのか、実際は誰によって書かれたのかは、その謎の一つです。京都産業大学の森博達教授(2019年に退任し、現在は名誉教授)の研究は、この謎を解明する革新的なものです。今回は、森先生の研究についてご紹介します。

「研究」とは井戸を掘るようなものである

日本書紀研究に画期的な新しい知見をもたらした森博達先生にお話を伺いました。

森博達先生

――先生の研究は、中国語の音韻論、国語学、また古代朝鮮の語文研究などをもとにされていますが、先生のご専門は何と考えればよいでしょうか?

私は「東アジア語文交流史」としています。

――なるほど。確かに日本書紀は漢文で書かれていますので、中国語の素養がないと読めませんし、当時の日本語、朝鮮の言葉なども分からないと研究できませんね。

そうです。私は『日本書紀の謎を解く――述作者は誰か』を書いた後、次は古代朝鮮語の変格漢文などの研究が必要だと考え、韓国の高麗大学校の客員研究員として1年間ソウルに滞在し、韓国語を学びました。そのお陰で、現在では韓国語で講演を行えるようにもなりました。

必要なものは学ばなければなりませんし、また必要があって学ぶと熟達スピードも速くなりますね。

――先生の研究で面白いのはどのような点ですか?

研究というのは井戸を掘るようなものです。ただし井戸を掘るときには狭く掘っても駄目ですね。狭いところを掘っていると、壁が崩れて生き埋めになっちゃうことがあるから(笑)。数本掘るとか、広く深く掘ることが大事です。

そして、掘っていくとあるとき水脈にぶち当たる。それが広いステージにつながっていくのです。実証的な方法で資料を分析し、混沌とした現象の中に法則性を発見する。

さらに例外があれば、その例外の生じた理由を探るのです。そこに至る研究の過程では、身体が浮遊するようなわくわくする体験を幾度も味わいました。これが研究の醍醐味です。

「事実」を見つけなさい! 例外を恐れてはならない!

――研究者において大事なこととは何でしょうか?

漢文

2つあると思います。一つは「実事求是」。これは「事実を発見すること」という意味です。混沌とした現象の中から「事実」を見つけ出すことは、研究者にとって大いなる喜びですし、同時にそれが研究にとって最も大事な点です。

学問の虚実を判別するのは簡単ですよ。事実の発見があるか、ないかです。

――あと1つは何でしょうか?

例外から目を背けないことです。事実を見つけてもそこには必ず例外があります。ただし、これを直視しないといけません。例外を見て、なぜその例外があるのかを探ることで、奥に隠されている真実の構図が明らかになっていきます。ですから、研究者はこの2つを大事にするべきだと思います。

また重要なのは「なぜか?」と問うことですし、なぜと問うことができれば半分解答を得たも同然です。考えなければならない対象が見えているわけですから。

なぜと問うことで深層にまで考えを至らせることが可能になり、他の人が分からなかったことが分かるようになります。

――先生の研究は「文系」と区分されるでしょうが、日本書紀においては、表記の偏在を数字で明らかにされるなど、手法については理系的なものであるように思うのですが。

科学ですからね。たとえ文系の学問であっても科学的・論理的にアプローチするのは当然のことです。それは文系・理系を問わず同じでしょう。

本居宣長

『古事記伝』を書いた本居宣長は「文(ふみ)は言辞(ことば)ぞ」と述べています。文章に何が書かれているのかを知るためには、当時の言葉を研究し、どのように書かれているのか、またなぜそう書かれたのかを検討しなければいけません。

――まさに先生の研究に当てはまりますね。

昔の文献を研究するのであれば、書かれた文を正確に理解すること。これができなければ正確な分析はできません。

また、一般の印象で語らずに、証拠を得ることです。たとえ文系の学問であっても科学的な立場で見ることが重要だと私は思います。

――ありがとうございました。

編集後記 ~森先生の研究についてもっと知りたい方へ~

【コラム(1)『日本書紀』とは】

『日本書紀』は、30巻に歴代天皇の系図1巻が付き、全部で31巻あったはずなのですが、系図の巻は失われており、全30巻の内容だけが現在に伝わっています。

また全文が漢文で書かれ、128首が掲載された歌謡などは、万葉仮名(音訳漢字)で表記されています。日本書紀は、8世紀以前の日本社会を知るための卓絶した資料であるのみならず、古代の表記や音韻を知るための宝庫でもあります。

京都産業大学 森博達名誉教授は、中国語の音韻論を応用して、その万葉仮名を研究し、さらに文章も検討して「書紀区分論」を確立しました。

【コラム(2)『日本書紀』を書いたのは誰か?】

森先生の研究によれば、述作者(実際に書いた人)と書かれた時期によって日本書紀30巻は3つに分けられます。

・α群:巻14-21、巻24-27
持統天皇の時代に、来日した中国人によって書かれたもので、その根拠は倭音(日本独自の漢字音)、倭習(日本語の発想による漢語・漢文の誤用や奇用)が見られないこと、正格漢文(正しい語彙、文法による漢文)で書かれている点です。森先生は、述作者を続守言(巻14からを担当)、薩弘恪(巻24からを担当)と比定していらっしゃいます。

・β群:巻1-13、巻22-23、巻28-29
文武天皇の時代に、当時の朝鮮半島の語文に精通した日本人によって書かれたもので、その根拠は倭音、倭習が見られ、変格漢文で書かれている点です。また朝鮮の変格漢文が見られるのも重要なポイント。森先生は、述作者を山田史御方(朝鮮半島からの移民の子孫で新羅への留学経験あり/後に還俗)と比定していらっしゃいます。

・巻30
元明天皇の時代に書かれたもので、倭習は少ないがα群ほど上手な漢文ではないという特徴があります。森先生は述作者を紀朝臣清人と比定していらっしゃいます。

また、森先生はα・β両群において、三宅臣藤麻呂が漢籍などを参考に潤色し、記事の加筆を行ったことも指摘しています。この藤麻呂の潤色、加筆には倭習が多く見られ、そのため漢字漢文の誤用(また奇用)が表れているとのことです。

【コラム(3)森先生の研究】

森先生の研究は、『日本書紀』の記述において倭音や倭習の偏在があり、それはなぜなのかを追究した成果といえます。α群の歌謡などに用いられた万葉仮名は、ネイティブの中国人が「音の少ない日本語を音の多い中国語によって写し取ろう」としたがために、当時の日本語の精確な発音やアクセントまで明らかになりました。また倭習の分布から各巻の成立の過程や記事の虚実まで窺(うかが)えるようになったのです。

森先生の考察は日本書紀研究に衝撃を与えました。なぜなら、古代の中国語・日本語の音韻論から文法論、朝鮮半島の語文を調べることなどによって、『日本書紀』がどのように成立したのか、その述作者は誰なのかに迫ったのです。

もし興味が湧いた人は『日本書紀の謎を解く――述作者は誰か』(中公新書)や『日本書紀 成立の真実――書き換えの主導者は誰か』(中央公論新社)を読んでみるとよいでしょう。森先生の科学的な調査、その成果がまるで極上のミステリーのように感じられるはずです。

『日本書紀の謎を解く――述作者は誰か』

研究は確かな証拠、見つけ出した事実にもとづいて科学的に行うべき、という森先生の指摘は多くの若き研究者にとって重要な指針になるでしょう。文系・理系を問わず次世代の研究者の皆さんにはぜひ頑張ってほしいものですね。

【森博達先生 プロフィール】
1949年、兵庫県に生まれる。大阪外国語大学外国語学部中国語学科卒業。名古屋大学大学院博士課程(中国文学専攻)中退。愛知大学専任講師、同志社大学助教授、大阪外国語大学助教授を経て、京都産業大学教授。2019年に退任、現在は同大学名誉教授。

著書に『古代の音韻と日本書紀の成立』(大修館書店・「第20回金田一京助博士記念賞」受賞)、『日本書紀の謎を解く――述作者は誰か』(中央公論新社・「第54回毎日出版文化賞」受賞)、『日本書紀 成立の真実――書き換えの主導者は誰か』(中央公論新社)などがある。

(柏ケミカル@dcp)

編集部:ゆう

家族との時間がなにより一番大事!!お酒と音楽とオーディオが大好きな、もうすぐアラフィフおじさん(気分はお兄さん)です。

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