「どちら様ですか?」「どちら様でしょうか?」は自宅で見知らぬ人の訪問を受けた際によく使う表現ですね。同じように、会社の受付などビジネスの場面でも問題なく使えるのでしょうか。
また、さらに敬意の度合いが高い表現にすれば、十分なのでしょうか。実はこの表現には、敬語や文法だけでは図れない別の側面があります。自分が名前を聞かれる訪問者だと仮定してその気持ちを推し測りつつ、最適解を考えてみましょう。
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「どちら様ですか(でしょうか)?」は、「どちら+様+です(でしょう)+か?」に分解することができます。それぞれの言葉には次のような意味や働きがあります。
・どちら=代名詞。定められない場所・人・事・物を示す丁寧な言い方
・様=接尾語。人や団体を表す語について「尊敬」を表す
・です=助動詞「だ」の丁寧語
・(でしょう)=推量を表す「だろう」の丁寧語
・か=終助詞。句末、多くは文末に使い、「問いかけ(質問)」を表す
以上を参考に、「どちら様ですか(でしょうか)?」から敬語表現を取り去ると、元々は「誰であるか」という意味だと分かります。つまり、「どちら様ですか(でしょうか)」は「誰であるか(あろうか)」を敬語にした丁寧な表現です。
まず「どちら」は「何方」と書き、定められない場所・人・事・物を意味しています。人に対して方角を使うのは失礼だと考える人もいるかもしれませんが、古典的な常識に照らせば、むしろ逆です。婉曲的な表現で敬意を表すことは、古来よく行われてきました。特に、位の高い人物に対しては具体的に指し示すことが失礼にあたると考えられ、方角を使ってあいまいに示すことで尊敬の念を込めていたようです。
また、「どちら」に尊敬の「様」を付けた「どちら様」は、「どの人・誰」の尊敬語です。さらに「ですか(でしょうか)」と疑問形の丁寧語を加えた「どちら様ですか(でしょうか)?」は「誰であるか(あろうか)?」という意味の丁寧な表現です。「でしょうか」の場合は、推量の意味を加えることで、婉曲的で丁寧な表現にしているわけです。
つまり「どちら様ですか(でしょうか)」は相手の名前を尋ねる場面で、尊敬語「どちら様」に丁寧語「ですか」を加えた敬語表現です。
文法的に間違いはありませんが、どのような場面でも問題なく使える敬語として最も適切であるかどうかは別です。なぜなら、ビジネスシーンでの敬語は、相手との関係性や場面に左右されるためです。次の段では、その点を見ていきましょう。
丁寧語を使った「どちら様ですか(でしょうか)?」は、日常生活で自宅のインターフォンを押した相手に尋ねるような場面では、問題のない聞き方です。訪問者がどんな人か分からない段階で「誰ですか」はややぶしつけだと感じる人もいるでしょう。そこで「誰」を敬語にして「どちら様ですか」と丁寧に対応しているわけです。いきなり電話をかけてきた相手に対しても、同じように返すことができます。
しかし、ビジネスシーンでは「どちら様ですか(でしょうか)?」は、丁寧語レベルのため、十分な言い方ではありません。「どちら様でいらっしゃいますか?」のほうが良いでしょう。より敬意の度合いが高い表現です。
また、他の会社を訪問する場合、まず自分の名前を名乗るのがマナーですが、中には受付を訪ねて「〇〇様はいらっしゃいますか」といきなり取り次ぎを請う人がいます。その場合、畳み掛けるように相手の名前を問い返すと、失礼だと感じさせてしまうこともあるでしょう。もちろん、礼を欠いているのは名乗りもせずに対応を迫る訪問者のほうですが、対応する側としてはどのような訪問者に対しても丁寧に対応する必要があります。
どのような言い方が考えられるか、次の段で考察します。
相手の所属や名前を尋ねる言い方は、さまざまです。特に会社の受付などで、まだ相手のことが全く分からない状態で対応する場面では、細心の注意を払った敬語表現が必要です。この段では、「どちら様ですか(でしょうか)?」よりもさらに敬意の高い表現や、相手の心情を慮った言い方、クッション言葉を加えた言い換え表現などについて説明します。
「どちら様でいらっしゃいますか」は、「どちら様ですか(でしょうか)?」よりも敬意の度合いが高い言い方です。ただし、いきなり「誰ですか」という意味の聞き方をされて戸惑う人も多いため、「恐れ入りますが」とクッション言葉で始めるほうが良いでしょう。
前出の「どちら様でいらっしゃいますか」は自宅をいきなり訪問した人に対しては申し分のない敬語表現です。しかし、会社の受付などでは事情が変わります。会社への訪問者は初めてでも大切な関係者である可能性が高いもの。それなのに「どちら様でいらっしゃいますか」を使ってしまうと、「不審者だと思わせたのではないか」と訪問者に不安を与えてしまうかもしれません。そのため、相手に直接「誰ですか」と尋ねること自体を避けようとする考え方があるのです。そんな時、代わりにおすすめしたいのが「お名前をお聞かせいただけますか」というフレーズ。「名前を聞かせてもらいたい」という意味を疑問形の謙譲表現にすることで敬意の度合いも申し分ありません。
相手の名前を尋ねる際のバリエーションとして覚えておきましょう。「名前を尋ねてもよいか」という意味の謙譲表現です。許可を求める言い方は、単に名前を尋ねる前文以上に敬意の度合いが高い表現です。
「お……願います」は「……してください」という意味の尊敬語です。「教えてください」を意味する「お教え願います」を疑問形にした「お教え願えますか」は、さらに敬意の度合いが高い表現です。やや強い依頼でもあるため、「誠に恐れ入りますが」などのクッション言葉と一緒に使うと印象が和らぎます。
お客さまに氏名を尋ねても、名字しか答えてもらえないことがあります。そんな時は、「下のお名前を伺えますか」よりも「フルネームで」と尋ね直すことをおすすめします。
名前しか名乗ってもらえず、社名が分からないことがあります。初めから社名も一緒に聞くようにすると二度手間を防げます。
また、受付に訪問者名簿などがある場合は、名簿を示し本人に直接書いてもらうと、間違い防止にもなります。
人と名前は分かちがたいもの。自分を名乗り、相手の名前を尋ねることは、コミュニケーションの基本ですね。ビジネスシーンでの名前の尋ね方については、文法や敬語表現とは別にマナーという観点もあり、難しいところです。それでもひとつだけ言えるのは、相手を思いやることの大切さです。
いくら正しい敬語でも雑に使えば冷たい印象になり、つたない敬語でも心を込めて笑顔で使えば温かい印象を与えるでしょう。今回のテーマも「自分がもし訪問者の立場ならどんな風に尋ねてほしいか」と具体的に想像してみれば、最善の表現が見つかるはずです。
(前田めぐる)
※画像はイメージです
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