理系ライターが行く!vol.7『“好き”を突き詰めてゴールへと突き進んだ、リケジョ広報のパイオニア』#大学生の社会見学

編集部:ゆう

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理系ライターXがすべての大学生に贈る、企業見学レポート連載! 持ち前の「理系知識」を駆使し、様々な企業に取材! 企業の知られざる一面や、想像もしなかった"あたらしい働き方"が見つかるかもしれないぞ。

素粒子宇宙起源研究所に取材してきたぞ

名古屋大学 素粒子宇宙起源研究所(KMI)は、2010年に設立された。その目的は、物質の根源や宇宙の起源の探求だ。現代物理学における新たな地平の開拓を目指す研究者が集まり、さまざまな実験プロジェクトに取り組むと同時に、独創的な理論研究も行われている。

その広報室に所属する南崎梓さんの仕事は、難解な素粒子宇宙分野の研究成果の発信だ。素粒子理論の研究で博士号を取得した理系思考を武器に、情熱を込めて「好きなこと」に突き進んだ。その結果、今のポジションを掴んだ南崎さんに、リケジョならではのキャリアパスの描き方を伺った。

宇宙の起源を突き止める――第一線の研究者たちが集う組織

「KMIとは、Kobayashi-Maskawa Institute for the Origin of Particles and the Universeの略称です。この研究所は小林誠と益川敏英、つまり名古屋大学に関わる2人のノーベル物理学賞受賞者にちなんで立ち上げられました」

1973年に発表された『小林・益川理論』は、今では素粒子物理学の標準理論として世界中の素粒子物理学者に認められている。理論で予測された6種類のクォークのうち発表当時知られていたのは3種類だったが、後の実験により残りの3種類のクォークの存在も証明された。

この2人の偉大な科学者の名前を冠した研究所には、素粒子物理学や宇宙物理学に関する研究者が所属する。“宇宙や物質の起源を解き明かしたい”という壮大なテーマに、理論研究、加速器実験、宇宙観測実験などさまざまな分野から迫ろうとする研究者たちの受け皿としてKMIは機能している。

「2019年からは新たに、小林・益川理論を超えた物理に挑む『SuperKEKB/Belle II』実験が始まりました。KMIに所属するメンバーの約半数は、こうした実験に取り組んでいます。素粒子宇宙分野の実験や観測は国際的なコラボレーションによって進められるケースが多く、KMIのメンバーも名古屋だけにとどまることなく国内外で広く活躍しています。」

そのKMIでは、2年に一度開催されるKMIシンポジウムや年に一度のKMIスクール、各種セミナーなど海外や国内の研究者が議論する場を作っている。いずれも集まってくるのは、素粒子物理学や宇宙物理学の分野における一線級の研究者ばかり。その相手をできるのはリケジョならではの素養があるからだ。

※2008年に益川敏英博士と小林誠博士がノーベル物理学賞、下村脩博士がノーベル化学賞を受賞されたことを記念し、展示を行っているノーベル賞展示室。ここで南崎さんは、素粒子について説明することがある。

バーチャルな組織を広報がつなぐ

「KMIというのは半ばバーチャルな組織で、所属する研究者たちは、この建物だけでなく名古屋大の中をはじめとして各地に散在しています。だからこそKMIがハブとなって各研究者をつなぎ、その相互作用により研究を加速させる役割を担っているのです」

主催イベントなどを通じて研究者間の交流を促すのが南崎さんの目標の一つであり、これは内部向けの業務である。各研究員の所属意識を高め、KMIの一員であることに誇りを持ってもらうためには何をすればよいのか。自分にしかできないKMIの広報とは、そしてKMIをみんなで盛り上げるムードを高めるためには……。

そんな問題意識のもと、まず取り組んだのが研究内容をシンボリックに表現するビジュアルを活用したオリジナルの名刺やウェブサイトづくりだ。また、研究者の卵である学生向けにパンフレットも作成した。一般向けではないため、かなり高度な内容となっている。

とはいえ「最後のページにあしらった年表などは、実は研究者たちに役立つツールとして重宝されているようです」と、さりげなく凝らした工夫を南崎さんは説明する。

一方で、一般向けのアウトリーチにも力を入れている。

※ビッグバンに始まる宇宙の歴史を表したイメージイラスト(Toru Iijima ©︎ KMI/Nagoya-U)。これをデザインモチーフとする名刺やパンフレット制作が、南崎さんの最初の仕事となった。

「まずは新聞に代表されるメディアの記者さんたちを対象として、メディアサロンを立ち上げました。ここで私たちから積極的に情報を発信し、それに対する質問などを受け付けています。各メディアを通じて東海地区の人々に、KMIの存在が少しずつでも浸透していくよう心がけています」

2020年には特別な活動も行った。世界中を襲ったコロナ禍のため、名古屋大学の新入生たちもいきなりの自宅学習を強いられた。本来なら新たなキャンパスライフに胸躍らせる時期なのに、先生はもとより同じ新入生たちともリアルに会うことができない。

そんな新入生たちのためのメッセージサイト『ようこそ新入生』を大学院生らと立ち上げた。KMIという組織の枠を超え、他の分野に所属する教員や先輩たちからも、新入生に対するメッセージが数多く寄せられた。9月の終わりには他の研究所と共同で、学部1年生を対象としたオンラインカフェイベントを実施。

「若手研究者が、1年生の質問に答える交流イベントには想定を越える数の学生が参加してくれました。学部生を対象とした情報発信は、KMI本来の業務からは少し外れています。けれども、同じ名古屋大学のメンバーとして、KMIにできることは何かと考えた末の取り組みでした」

科学の広報を通じて社会の役に立ちたい

KMIに所属する研究者たちが取り組むのは、いずれも最先端のテーマである。その最新の研究成果を外部にわかりやすく発信するためには、記事を作成する南崎さん自身が、内容を理解しておく必要がある。

「どの研究者も、世界の誰もまだ知らないような研究に取り組んでいます。難しいけれどもとても興味深い内容について、研究者以外で世界で初めて話を聴ける。しかも、画期的な内容を自分の中で編集を加えて外部に発信させてもらえる。これほどぜいたくな仕事はないんじゃないでしょうか」

とはいえ、最先端の研究内容を理解するのは一筋縄ではいかない。同じ素粒子宇宙研究の中でも、理論研究や実験観測など分野は広く、新しく学ぶことばかりだ。そうしたハードルを乗り越えて、研究者たちの努力の賜物をアウトリーチする。そこに仕事の喜びがある。アウトリーチ活動には、大学学部生の頃から興味があったという。

「学部生のときに博物館の学芸員資格を取得し、アルバイトもしていました。一方で素粒子の研究も面白くてやめられず、博士課程まで進んだのです」

子どもの頃はミヒャエル・エンデを大好きな文学少女だったという。そんな南崎さんの人生を変えたのが、NHKスペシャル『アインシュタインロマン』だった。この番組を見てアインシュタインの虜になり、素粒子物理の道へと進んだ。

「ただ博士論文を書き終えたとき、素粒子研究については何か一つ、自分の中で決着がついた気持ちになったのです。素粒子の研究者として自分は人類の役に立てるのだろうか。自分には限界があるのではと感じる一方で、私も何かの役に立ちたいという強烈な衝動がこみ上げてきました」

その結果、自分にできて広く役に立てる仕事がサイエンスの魅力を一般に伝えること。ただ当時はまだ“サイエンスコミュニケーター”は職種として確立されていなかった。まわりにも相談しながら手探りで探す中で出会った仕事が、学生時代の研究やアウトリーチ経験を活かせる東京大学本部広報室での特任研究員のポストだった。

「研究部門専門の広報担当なので、博士号取得者が求められていました。半分ダメ元で応募したところ採用され、広報としてのキャリアがスタートしたのです」

※南崎さんはワークスタイルも先端的な兼務型。KMIの勤務に加え、名古屋大学理学部広報委員、筑波での『SuperKEKB/Belle II』実験のアウトリーチメンバーを兼務している。

“好き”を理詰めで突き進めば、必ず道は開ける

結婚を機にフリーランスの科学コミュニケーターとなり、研究者の夫の就職に伴って渡米。米・プリンストン大学でサイエンスコミュニケーションを学びながら、同大を取材する仕事を古巣の東京大学から受ける。続いて夫がカリフォルニア工科大学へ移ったとき、幸運の女神が微笑んだ。

「科学広報の仕事をやりたいとNASAの広報にアプローチし、夫の上司にあたる教授のつてなども頼って、とにかく知りうる限りの広報関係者にメールを送りました」

その結果、カリフォルニア工科大学にある赤外線天文学の部署に採用される。この部署には、NASAのサイエンスセンターが入っていた。ここで南崎さんはNASAのスピッツアー宇宙望遠鏡の広報として、SNSによる情報発信などを担当する。



※カリフォルニア工科大学では、NASAプロジェクトを含む天文学の情報発信を担当した。

“seize the fortune by the forelock. (幸運の女神には、前髪しかない)”ということわざがある。チャンスを逃さず女神の前髪をしっかり掴んで、運を引き寄せた南崎さんはその後、夫の名古屋大就職に伴って名古屋にやって来る。

「ここでも、カリフォルニア時代のように様々な方に助けていただき、その結果KMIの教授に思いが届き、広報としての職を得ました。最初はKMIでの週3日のパートタイム勤務から始まりましたが、名古屋大学理学部広報委員会での仕事と、筑波での素粒子加速器実験SuperKEKB/Bell II実験のアウトリーチメンバーとして、活躍の場所が広がり、今はフルタイムで働いています。」

最近では理工系進学のジェンダーバイアス研究にも取り組み、広報だけでなく研究者としての活動も少しずつ再開している。

「日本では、リケジョの中でも物理の世界に進む女性は多くありません。でも物理に限らず理系を好きなら、ぜひその道を突き詰めてほしい。ロジカルな思考力に男女の差などないはずです。理詰めでものごとを考える力に“好き”を突き詰める意欲が加われば、きっと自分の人生に悔いのない道が開けます」

名古屋大学 素粒子宇宙起源研究所
広報室 研究員
南崎 梓(みなみざき あずさ)

お茶の水女子大学大学院修了、博士(理学)。東京大学本部広報室特任研究員、フリーランス科学コミュニケーター、カリフォルニア工科大学IPAC広報を経て、2018年より現職。

※記事内容及び社員の所属は取材当時のものです。

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文:竹林篤実
イラスト:TOA
編集:学生の窓口編集部

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