評論家のコメントや知識人の「歯に衣着せぬ」発言は、日々メディアや社会を沸かしています。一方で、責任追及をされた政治家などが奥歯に物の挟まったような言い方をする場面も毎日のように報道されます。
さてこの「歯に衣着せぬ」とは具体的にはどういう意味なのでしょう。良い意味でしょうか? 悪い意味でしょうか? 語源や由来を探りつつ、その本質的な意味に迫ってみましょう。
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「歯に衣着せぬ」とはどういう意味でいつ頃から使われているのでしょう。また、その逆の言葉もあるのでしょうか。まずは、意味から掘り下げます。
「歯に衣着せぬ」は、「はにきぬきせぬ」と読みます。辞書には次のように書かれています。
「歯に衣着せぬ」は「遠慮せずにはっきりと、思ったことをストレートに言う。ずけずけとはっきり言う」さまを意味しています。
「歯に衣着せぬ」の「衣」は「きぬ」と読み、衣服の雅語的な表現です。上代までは「きぬ」も「ころも」も、一般的な「衣服」を意味していました。平安期以降は、読みによって意味が分かれ、「きぬ」が衣服を、「ころも」は「僧の衣装」を示すようになりました。
実際に歯に衣服を着せることはなくても、食べ物がつまった時のことを思い出せば想像がつきます。発音が不明瞭になってしまいますよね。
「歯に衣着せぬ」とは、「歯に衣を着せない」、つまり衣を歯にかぶせないことに由来し、「包み隠さずはっきりと物を言うこと」を表したい時に使われるようになったものです。
いつ頃から使われるようになったのか、詳しい来歴を示すような資料は見当たりませんが、15世紀には「歯に衣着せす(ず)」の用例があります。
また、「衣着せぬ」とは逆の表現で、「衣着す(きぬきす)」という言葉も使われていました。
人は衣服で飾り立てれば、見た目には箔がつき立派に見えます。比喩である「衣着す」は話に尾ひれをつけたり箔をつけたりすることで、あまり良い意味ではないことが分かります。
「衣着せぬ」は「衣着す」の逆であることから、意味が反転します。すると「話を飾ったり尾ひれをつけたりしない」ことの比喩として捉えることができそうです。
以上を考え合わせると「歯に衣着せぬ」は
・歯に衣をかぶせず、はっきり発音する、物を言う
・着飾らず、言葉に尾ひれをつけない
この両方を併せ持ちながら、「思っていることを飾り立てずに、そのままはっきり言う」という意味で使われるようになったのだと考えられます。
昭和期に刊行された『明治世相百話』では
と能の観方について遠慮なく素人を批評するくだりがあります。
遠慮なく言葉を飾らず自分の意見を述べる人は、いつの時代でもいたのだと推察できます。周囲の人々はどう感じるのでしょうか。次の段で考えます。
テレビや新聞などでコメンテーターなどが持論を述べると、「歯に衣着せぬ発言だ。よくぞ代弁してくれた」など共感をこめたコメントがつくことがあります。「歯に衣着せぬ」という言葉は、言いにくいことを率直に述べた人を称賛する時によく使われます。権力や社会におもねらないで語ることには、勇気や責任も伴うからでしょう。そのため、褒め言葉としてポジティブな意味で使われることもよくあります。
しかし、一方で「この日の〇〇は歯に衣着せぬ発言でざわつかせた」と使われることもあります。ズケズケと物を言う遠慮のなさやその内容が周囲をざわつかせている様子です。この場合は、ネガティブな意味も含まれており、褒め言葉とは受け止められません。
「歯に衣着せぬ」は言葉を飾らず自分の意見を述べる潔さがある反面、他人や周囲を気にせずハラハラさせることもあるわけです。良い意味か悪い意味か、白黒つけることはむずかしいものの、いつでも誰にでも褒め言葉として通用する言葉でないことは確かです。遠慮なく物を言うため、辛辣な内容となり、相手を傷つけることもあるでしょう。
もし面と向かって「歯に衣着せぬご助言ありがとうございます」と言えば、「生意気だと思われたかな」「あれ、空気を読めという意味かな」と受け止める人もいるかもしれませんね。「率直なご助言ありがとうございます」などのほうが誤解を与えずに済むでしょう。
また、あくまで他人に対して使う言葉であるため、「歯に衣着せぬ評論が得意です」のように自分で自分に使うことはできない点にも注意しましょう。
相手への配慮が重視されるビジネスの場面で「歯に衣着せぬ」を使う場合には、その用法や文脈に注意が必要です。
もちろん、歯に衣着せぬ発言や発信がプラスに働くことも、職業によってはあるでしょう。例えば、コメンテーターや批評家などひとかどの見識を持って語る人は、「歯に衣着せぬ」と評されても、マイナスに受け止めることは少ないでしょう。
また、「歯に衣着せぬ」の他に「歯に衣着せず」や「歯に衣着せないで」という言い方も可能です。相手や場面に合わせて適切に使うようにしましょう、
イベントなどで登用する文化人やタレントの人選について話をする時、次のように使えます。
社内の先輩や上司についてその発言力を讃えたい場合、つい尊敬語にしたくなるかもしれませんが、慣用句の部分は敬語化できません。「歯に衣を着せられない」「歯に衣をお着せにならない」は間違いになる点に注意しましょう。
また直接目上の人に話す時は、発言の仕方を褒めるよりも「先ほどのお言葉、勉強になりました」など内容について述べるほうが良いでしょう。
発言と人柄の印象ががらりと変わる人はたくさんいます。例えば、発言のストレートさからは想像できないおだやかな人柄について、そのギャップを次のように表すことができます。
公開討論会やフォーラムなどのイベントでは、舌鋒鋭い登壇者が多彩に登壇します。パネリストを紹介する際などに、次のように使えます。100%ポジティブな意味になるよう、前後の文脈を工夫しましょう。
部下に対して助言したい時、次のように使うことができます。
部下の重用を上司に薦める言葉として次のように使うことができます。「歯に衣着せない」と語尾を変化させても使えます。
オブラートに包まず明言してほしい場合、「歯に衣着せず(に)」とすれば、副詞として使えます。相手が目上であれば次のように慣用句の次の動詞を敬語にします。
「歯に衣着せぬ」と同じような意味を持つ類義語や言い回しを紹介します。言い換えたい時に活用してみましょう。
「遠慮なくはっきり物を言うこと」の意。「歯に衣着せない」と同じく言動について使います。
「控えめにせず、物おじせずに」の意。「歯に衣着せない」と違い、「遠慮なく」は言動以外の態度や行動にも使えます。
「忌憚」の読みは「きたん」。「忌憚のない」は「遠慮する」の意。しばしば、意見や考えについて「忌憚のない意見」のように使われます。
読みは「たんとうちょくにゅう」。「前置きなしにすぐ本題に入ること。直接核心をつくこと」の意。ストレートに切り込む言動という点が、「歯に衣着せぬ」と似ています。
「遠慮会釈」の読みは「えんりょえしゃく」。「相手の気持ちや立場を考慮せず、自分が思うように事を行う」の意。「歯に衣着せない」と違い、「遠慮会釈」は言動以外にも「遠慮会釈もないやり方」などと使えます。
「歯に衣着せぬ」とは逆の意味を持つ慣用句や反対表現を以下に紹介します。
読みは「おくばにきぬきせる」。物事をはっきりと言わずに、思わせぶりに言う」の意。歯ではなく奥歯ですが、ほぼ正反対の対義語と言えるでしょう。
「言いたいことをはっきり言わず、何か隠しているような」の意。
「刺激的な表現を避けて、遠回しにやんわりと」の意。
「濁す」は「にごす」と読む。「はっきり言わず、あいまいな言い方をする」の意。「言葉を濁す」に同じ。
「話す調子や内容がはっきりしていない」の意。
人は、言いたいことがあっても相手への遠慮や根拠の弱さから、奥歯に衣着せることが時々あります。一方で、歯に衣着せぬ発言をする人の多くは、それなりの裏づけがあってのことなのでしょう。そうでなければ、単なる毒舌や中傷になってしまうことも多いからです。建設的な正論や持論を言おうとするなら、それなりの経験や自信、あるいは努力も必要なのでしょうね。
(前田めぐる)
※画像はイメージです
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