「琴線に触れる」という言葉は、感動した時によく使われます。心が震えるような繊細な様子ですが、具体的にはどんなものに触れた時に起こる状況なのでしょうか。また、感情が大きく動いた場合にも使えるのでしょうか。
美しい言葉であるだけに、ふさわしい場面で使って心に残るひとときを記憶できれば素敵です。意味や使い方・例文とともに、類語や反対の意味を持つ表現も確認しましょう。
▼目次
1.「琴線に触れる」とは?
2.「琴線に触れる」のビジネスでの使い方・例文
3.「琴線に触れる」の類語・言い換え表現
4.「琴線に触れる」の反対の意味を持つ表現
5.まとめ
「琴線に触れる」は「きんせんにふれる」と読みます。まずは、正確な意味を理解しましょう。
「琴線に触れる」とは、 「人の心の繊細で感じやすい部分を楽器の琴の糸に例え、感動や共感、美しいものに触れて、繊細な感動を覚える」という意味 です。
例えば、美しい音楽や詩、言葉、風景などに心が震える様子を表現したい時にふさわしい表現です。
「琴線に触れる」という表現は、誰がいつどのように使い始めたのでしょうか。インターネット上には諸説あり、中国の故事説などもあるようですが、判然としません。また、語源や故事の書籍で確たる説がさほどあるわけでもありません。
ただし、『茶の本』(岡倉覚三著・村岡博訳)の第5章で芸術鑑賞についてページが割かれている箇所には、そのエッセンスを見ることができます。
日本の思想家・岡倉天心(本名:岡倉覚三)は、琴の名手である伯牙(はくが)と彼がつまびく琴の調べに感動した帝王のやりとりを紹介しています。帝王から「成功した秘訣は」と尋ねられた伯牙が次のように答える場面です。
このあと、次のような天心の見解が見られます。
このように、美しい琴の音色に震えた感受性について、天心は「わが心琴の神秘の弦」と表現しているのです。「琴線に触れる」という語句そのままではありませんが、「心の琴線」の意味するニュアンスが大変具体的に表現されている部分だと考えられるでしょう。
また『茶の本』よりさらに時をさかのぼれば、国木田独歩による用例も見つかります。
以上のように、確認できる書籍から判断する限りではありますが、1800年代終盤にはすでに、 感受性を琴の弦に例える表現が行われていた と考えて良いでしょう。
「琴線に触れる」という語をよく知っている人にとっては意外なことかもしれませんが、本来の意味ではなく 「怒りを買ってしまう」という意味だと勘違いしている人が3割近くいる という調査結果があります。
2015年度(平成27年度)に文化庁が行った「国語に関する世論調査」によると、本来の意味である「感動や共鳴を与えること」という意味に捉えている人が38.8%、「怒りを買ってしまう」という意味に捉えている人が31.2%いました。
なぜ、3割近い人が「怒りを買ってしまう」という意味に捉えているのでしょうか。その理由として考えられることが2つあります。
1つ目は、「琴線」が心の奥にある感受性の例えであるために、触れてはいけない急所のように勘違いしてしまっているのではないか、ということです。
2つ目は、「目上の人の激しい怒りを買う」という意味を持つ「逆鱗に触れる」という言葉との取り違えではないか、ということです。
いずれにしても、感動と怒りとでは全く意味が異なってしまいます。誤用しないためにも、 「心の琴線と美しい音楽」をセットで覚えておくと良い でしょう。きれいな音色を聴いて感動する人はいても怒る人はいないからです。
「琴線に触れる」は感情や共感を引き起こすという意味の表現であるため、ビジネスシーンで使うと柔らかい印象を伝えるのに役立ちます。以下はその例文です。
顧客に寄り添ったサービスや商品について説明する時、「琴線に触れる」という言葉を次のように使えます。
感動した体験を社内でシェアしたい時に、次のように使えます。
素晴らしい音楽や芸術などに触れて感動した時、次のように使えます。
「琴線に触れる」と同じような意味を持つ表現は、以下のとおりです。
読みは「こころをゆさぶる」。大きく揺り動かす。大いに感動させること。「琴線に触れる」は繊細な感情表現であるのに比べ、「心を揺さぶる」は感情を強烈に揺さぶるニュアンスを持っています。
読みは「きょうかんをよぶ」。ある出来事や物語が他人の心に触れ、感情的な共鳴を呼ぶ様子を表す言い回しです。「琴線に触れる」が主に美的な要素や個人的な感性に反応するのに対し、「共感を呼ぶ」は他者との共感や理解、共有される感情に重点が置かれています。
読みは「ぐっとくる」。「琴線に触れる」と同様、感情や印象に関連する表現です。ただし、「琴線に触れる」が主に美的で感動的かつ芸術的な表現に焦点を当てることが多い一方で、「グッと来る」はより広範な状況や日常の出来事にも適用されます。感動や興奮の度合いが急激である点も特徴です。
読みは「むねにせまる」。美しい芸術や感動する物語などに触れて、衝撃に近い感銘を受ける様子を表します。「琴線に触れる」が繊細な心の震えを表すのに対し、「胸に迫る」は強く大きな波のような感動を表します。
以下は、「琴線に触れる」の反対の意味を表す語や言い換え表現の例です。「美しいものに感動する」の反対語としては、「感動する要素がない、感じる力が鈍い、冷たい」などの意味と持つ言葉が考えられます。
読みは「ひびかない」。心の琴線が震えない。心に響くほどの感動がない。感動する要素がない」という意味です。
読みは「どんかん」。心の琴線が鈍い様子、つまりは感受性が鈍い様子を意味する言葉です。
読みは「れいせい」。感情に左右されず、落ち着いて行動・思考が行える状態を表します。論理的・合理的であることが多いでしょう。
「琴線に触れる」という言葉で描き表せる感動を、人は一生で何回体験できるのでしょう。奏でるそばから美しい織物を織り上げていくかのような音楽、目を奪われるような絵画、いつまでも余韻に浸っていたくなる映画や演劇、物語……素晴らしい芸術は心をときめかせてくれます。それに気づけるやわらかな感受性を持ち、書き留めておきたいものですね。
(前田めぐる)
※画像はイメージです
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