「琴線に触れる」はなぜ誤用が多い? 正しい意味、使い方を解説【例文つき】

2023/12/25

ビジネス用語

「琴線に触れる」という言葉は、感動した時によく使われます。心が震えるような繊細な様子ですが、具体的にはどんなものに触れた時に起こる状況なのでしょうか。また、感情が大きく動いた場合にも使えるのでしょうか。

美しい言葉であるだけに、ふさわしい場面で使って心に残るひとときを記憶できれば素敵です。意味や使い方・例文とともに、類語や反対の意味を持つ表現も確認しましょう。

「琴線に触れる」とは?

「琴線に触れる」は「きんせんにふれる」と読みます。まずは、正確な意味を理解しましょう。

「琴線に触れる」の意味は?

「琴線に触れる」とは、 「人の心の繊細で感じやすい部分を楽器の琴の糸に例え、感動や共感、美しいものに触れて、繊細な感動を覚える」という意味 です。

例えば、美しい音楽や詩、言葉、風景などに心が震える様子を表現したい時にふさわしい表現です。

「琴線に触れる」の語源・由来は?

「琴線に触れる」という表現は、誰がいつどのように使い始めたのでしょうか。インターネット上には諸説あり、中国の故事説などもあるようですが、判然としません。また、語源や故事の書籍で確たる説がさほどあるわけでもありません。

ただし、『茶の本』(岡倉覚三著・村岡博訳)の第5章で芸術鑑賞についてページが割かれている箇所には、そのエッセンスを見ることができます。

日本の思想家・岡倉天心(本名:岡倉覚三)は、琴の名手である伯牙(はくが)と彼がつまびく琴の調べに感動した帝王のやりとりを紹介しています。帝王から「成功した秘訣は」と尋ねられた伯牙が次のように答える場面です。

陛下、他の人々は自己の事ばかり歌ったから失敗したのであります。私は琴にその楽想を選ぶことを任せて、琴が伯牙か伯牙が琴か、ほんとうに自分にもわかりませんでした」と。
(『茶の本』(岡倉覚三著・村岡博訳 岩波文庫)


このあと、次のような天心の見解が見られます。

この物語は芸術鑑賞の極意をよく説明している。傑作というものはわれわれの心琴に奏でる一種の交響楽である。真の芸術は伯牙であり、われわれは竜門の琴である。美の霊手にふれる時、わが心琴の神秘の弦は目ざめ、われわれはこれに呼応して振動し、肉をおどらせ、血をわかす。
(『茶の本』(岡倉覚三著・村岡博訳 岩波文庫)*原文は英語


このように、美しい琴の音色に震えた感受性について、天心は「わが心琴の神秘の弦」と表現しているのです。「琴線に触れる」という語句そのままではありませんが、「心の琴線」の意味するニュアンスが大変具体的に表現されている部分だと考えられるでしょう。

また『茶の本』よりさらに時をさかのぼれば、国木田独歩による用例も見つかります。

抒情詩(1897)独歩吟〈国木田独歩〉序「当時火の如かりし自由の理想を詠出し、永く民心の琴線に触れしめたる者あらず」”
(『精選版 日本国語大辞典』)


以上のように、確認できる書籍から判断する限りではありますが、1800年代終盤にはすでに、 感受性を琴の弦に例える表現が行われていた と考えて良いでしょう。

「琴線に触れる」はなぜ誤用が多い?

「琴線に触れる」という語をよく知っている人にとっては意外なことかもしれませんが、本来の意味ではなく 「怒りを買ってしまう」という意味だと勘違いしている人が3割近くいる という調査結果があります。

2015年度(平成27年度)に文化庁が行った「国語に関する世論調査」によると、本来の意味である「感動や共鳴を与えること」という意味に捉えている人が38.8%、「怒りを買ってしまう」という意味に捉えている人が31.2%いました。

なぜ、3割近い人が「怒りを買ってしまう」という意味に捉えているのでしょうか。その理由として考えられることが2つあります。

1つ目は、「琴線」が心の奥にある感受性の例えであるために、触れてはいけない急所のように勘違いしてしまっているのではないか、ということです。

2つ目は、「目上の人の激しい怒りを買う」という意味を持つ「逆鱗に触れる」という言葉との取り違えではないか、ということです。

いずれにしても、感動と怒りとでは全く意味が異なってしまいます。誤用しないためにも、 「心の琴線と美しい音楽」をセットで覚えておくと良い でしょう。きれいな音色を聴いて感動する人はいても怒る人はいないからです。

「琴線に触れる」のビジネスでの使い方・例文

「琴線に触れる」は感情や共感を引き起こすという意味の表現であるため、ビジネスシーンで使うと柔らかい印象を伝えるのに役立ちます。以下はその例文です。  

プレゼンテーションでの使い方

顧客に寄り添ったサービスや商品について説明する時、「琴線に触れる」という言葉を次のように使えます。

<例文>

新サービスは、感度の高いお客様の琴線に触れるものになると自負しております。

朝礼など社内スピーチでの使い方

感動した体験を社内でシェアしたい時に、次のように使えます。

<例文>

昨日散歩していて見かけた景色が本当に美しく、心の琴線に触れた気がしました。

日常での使い方

素晴らしい音楽や芸術などに触れて感動した時、次のように使えます。

<例文>

懐かしいその曲が琴線に触れ、思わず涙腺がゆるみました。

「琴線に触れる」の類語・言い換え表現

「琴線に触れる」と同じような意味を持つ表現は、以下のとおりです。

1)心を揺さぶる

読みは「こころをゆさぶる」。大きく揺り動かす。大いに感動させること。「琴線に触れる」は繊細な感情表現であるのに比べ、「心を揺さぶる」は感情を強烈に揺さぶるニュアンスを持っています。

2)共感を呼ぶ

読みは「きょうかんをよぶ」。ある出来事や物語が他人の心に触れ、感情的な共鳴を呼ぶ様子を表す言い回しです。「琴線に触れる」が主に美的な要素や個人的な感性に反応するのに対し、「共感を呼ぶ」は他者との共感や理解、共有される感情に重点が置かれています。

3)グッとくる

読みは「ぐっとくる」。「琴線に触れる」と同様、感情や印象に関連する表現です。ただし、「琴線に触れる」が主に美的で感動的かつ芸術的な表現に焦点を当てることが多い一方で、「グッと来る」はより広範な状況や日常の出来事にも適用されます。感動や興奮の度合いが急激である点も特徴です。

4)胸に迫る

読みは「むねにせまる」。美しい芸術や感動する物語などに触れて、衝撃に近い感銘を受ける様子を表します。「琴線に触れる」が繊細な心の震えを表すのに対し、「胸に迫る」は強く大きな波のような感動を表します。

「琴線に触れる」の反対の意味を持つ表現

以下は、「琴線に触れる」の反対の意味を表す語や言い換え表現の例です。「美しいものに感動する」の反対語としては、「感動する要素がない、感じる力が鈍い、冷たい」などの意味と持つ言葉が考えられます。

1)響かない

読みは「ひびかない」。心の琴線が震えない。心に響くほどの感動がない。感動する要素がない」という意味です。

2)鈍感

読みは「どんかん」。心の琴線が鈍い様子、つまりは感受性が鈍い様子を意味する言葉です。

3)冷静

読みは「れいせい」。感情に左右されず、落ち着いて行動・思考が行える状態を表します。論理的・合理的であることが多いでしょう。

まとめ

「琴線に触れる」という言葉で描き表せる感動を、人は一生で何回体験できるのでしょう。奏でるそばから美しい織物を織り上げていくかのような音楽、目を奪われるような絵画、いつまでも余韻に浸っていたくなる映画や演劇、物語……素晴らしい芸術は心をときめかせてくれます。それに気づけるやわらかな感受性を持ち、書き留めておきたいものですね。

(前田めぐる)


※画像はイメージです

【著者プロフィール】
前田めぐる(文章術講師)

コピーライターとして「言葉と文章」に関わり続けてきた経験をもとに、企業・自治体・団体向け広報講座の講師を務める。ワークを取り入れた文章術研修では‘伝える’を‘伝わる’に変換する文章の書き方を伝授。「楽しくて分かりやすく、すぐ実務に活かせる」と定評がある。

執筆・ライティングの専門領域は、【言葉・敬語・文章術・マーケティング・リスクコミュニケーション】。公益社団法人日本広報協会広報アドバイザー、文章術講師。著書に『この一冊で面白いほど人が集まるSNS文章術』『前田さん、主婦の私もフリーランスになれますか?』など。京都在住。

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