国内外のファッション・ビューティー情報を配信しているファッション&ビューティーメディア「WWDJAPAN」。編集長を務めている村上要さんは、もともと静岡新聞社で事件記者として働いていました。
新聞記者からファッションメディアへ、異色のキャリアチェンジをしようと思ったきっかけはなんだったのか。学生時代のお話から、現在も挑戦を続ける裏側の想い、ファッション業界の可能性など、村上さんの“視点”を探ってみました。
→【ひとつの物事に様々な掛け算を】若手起業家 丸川照司さんが実践する ビジネス視点の「Rethink」とは?
PROFILE
村上 要 (むらかみかなめ)
◉――1977年、静岡県出身。東北大学教育学部を卒業後、静岡新聞社に入社。退職後はファッション・コミュニケーションを学ぶため、ニューヨーク州立ファッション工科大学に入学。アメリカでファッション誌やライフスタイル誌の編集アシスタントを経験後、帰国。2017年にWWDJAPN.com編集長に就任。2021年から現職。
▼Rethink INDEX
1.ある日突然、ネオンカラーのパーカーを着て登校。ファッションにハマった学生時代
2.事件記者からアメリカのファッション大学へ。「フィットする場所」を探して舵を切った
3.これまでの経験から、“社会を通じて” ファッションやビューティーを見れるように
4.「WWDJAPAN」の中で、常に積極的な活動を行う裏側の想い
5.「正解を選ぶ」ではなくて、「選んだものを正解にしていく」生き方を
−−子どもの頃は、どのようなお子さんでしたか?
“そつのない子ども”でした。一人っ子だったことが影響しているとも思いますが、15歳までは親や周りの大人が期待していることを察知して行動するのが得意だったんです。進学校へ行き、安定した企業に就職してほしいという親の願いも感じていたため、真面目に勉強をして成績も良かったです。
しかし、それがある日突然つまらなくなって。高校時代にいきなりネオンカラーのパーカーを着て登校しました。ロン毛にしたり、ピアスも開けて、周りを愕然とさせましたね(笑)
−−え!どうして急に?
正直、青臭い反骨精神があったからだと思います。真面目な同級生の中で、自分が陶酔するかっこよさを表現したい気持ちが強くなったんです。
表現方法の中でもファッションを選んだのは、単純に派手なグループがかっこよくて、憧れていたから。「ファッションってかっこいいんだな!」と感じて、洋服を買い始めたら楽しくなり一気にハマっていきました。
高校卒業後は仙台の大学の教育学部へ進学しています。当時はサイバーパンクも含め個性的なファッションが流行っていました。針金がぐるぐると渦巻いている指輪や、編み物棒が刺さったままのニットなどが出回って買い漁っていましたね。ファッションに対しての情熱はここからより深まっていきました。
−−そうだったんですね(笑)就職活動では、なぜ教育学部からマスコミ業界へ行こうと思ったのでしょうか?
新入生向けのパンフレットを作成したことがきっかけでした。面白おかしく自由に作ったパンフレットを見たタウン誌の編集部から、「うちで書いてみない?」と声をかけていただいたんです。タウン誌で連載を書かせていただいた経験から、マスコミに興味を抱くようになりました。
ただ、所属していた学部ではほとんどの学生が大学院への進学か、公務員試験・教員採用試験を受験します。一般企業に就職する人はわずかなため、就職活動の仕組みや情報をキャッチアップするのが遅かったんです。
「ファッションが好きだから、集英社の『MEN'S NON-NO』へ行こうかな〜!」と夢が広がっていたものの、気がついたときには出版社の採用試験はほぼ終了(笑)まだギリギリエントリーできるマスコミ関連の企業に応募をして、内定をいただいた地元の静岡新聞社へ入社しました。
−−安定した企業に就職し、順風満帆なキャリアを歩まれるかと思いきや、村上さんはあっという間に新聞社を退職しています。なぜ退職しようと思ったのでしょうか?
「フィットしていない」感覚があったからです。当時は社会部に所属していて、事件や事故を取材する日々でした。けれど常々「もっとオシャレな取材がしたい」「ファッション誌で働きたい」という思いがあったんですね。
だから唐突に「カフェごはん特集」を作ってみたり、高校生を捕まえて、整えられた眉毛を撮影させてもらい「メンズビューティー」に迫ったり、求められていない記事を書いて怒られていました。
もちろん、僕が取材していた内容も社会の一部だとは思うものの、会社では「村上が書く記事はどの面に掲載していいのか分からない」と、会議で議題に上がっていたそうです。
地方紙の記者だったのに、田舎の支局で働く姿も思い描けませんでした。ローカルな地域で記者としての経験を積むのは大切です。しかし、そこには当時の自分がやりたかったことはないと思いましたし、何より会社側も僕のような人間は扱いづらくて持て余しているだろうと感じました。
お互いハッピーではないため、より自分にフィットする場所を探そうと退職を決意しました。短い期間での退職となりましたが、取材のノウハウは記者時代に叩き込んでいただいたので、前職の上司の方々には今でも感謝しています。
−−退職後はどのような道を歩まれたのでしょうか?
「ファッション誌で働きたい」と思っていたものの、地方の新聞記者とファッション誌の編集者では、業界も必要なスキルも違うため、中途採用で応募をしても採用されないと思っていました。まずは、ファッションを一から勉強することが必要だと感じ、ニューヨークのファッション工科大学へ進学。ファッションジャーナリズムを学んで基礎を身につけました。
もともと記者としてのスキルはあったため、土台となるファッションの知識が増えるたら、自分のやりたいことができる可能性が広がると思いました。「広い世界が見たい」気持ちが強く、渡米への怖さはありませんでした。
−−大学卒業後は、アメリカのファッション誌で働き始めたそうですね。ファッション業界で働いて感じたことはありますか?
当時は映画の『プラダを着た悪魔』のような生活を送っていました(笑)上司からなじられたり、温度まで決まっているくらい面倒なカスタムのスタバを何度も買いに走ったり……。働いていた編集部の月のスタバ代が4000ドルだったこともあるんですよ!
特に印象に残っているのが、僕の直属の上司だった年下のアジア系アメリカ人の女性です。僕は彼女から毎日ものすごく怒られていて、「なぜ年下の女性にここまで言われなくちゃならないの?」と思っていました。しかし、背景に思いを馳せると見ていたものがガラッと変わったんです。
当時はアメリカでさえ、まだまだ人種やジェンダーに対して差別的な面もありました。白人スタッフが主流だったメディアの中で、アジア人の彼女が出世を目指して働くには、熾烈な日々をくぐり抜けないといけません。彼女はそういった環境でも強く生きていくと決めたからこそ、厳しい立ち居振る舞いになっているのだと思ったんです。
人種やジェンダーは人の生き方や働き方に影響し、変えることもあるのだとアメリカ時代に痛感しました。この感覚は仕事をする上で今も大切にしています。
−−その後、ゲイ向けのライフスタイル誌を経て、日本に帰国した村上さん。帰国後はINFASパブリケーションズに入社し、広告企画をはじめ、WWDビューティ、WWDモバイル、ファッションニュースなど1年単位でさまざまな部署を経験されたそうですね。
はい。中途入社なのでガツガツ仕事をして結果を残したい気持ちが強かったです。まわりからも評価をいただき、さまざまな部署を経験させてもらった後、入社10年目の2017年に「WWDJAPAN.com」の編集長になりました。(※)「やりたいことが大きな規模感でできる!」とワクワクしました。
(※2021年4月にプリント、デジタルメディアを統括するWWDJAPAN編集長に就任)
−−なぜ、ご自身が編集長になれたと思いますか?
洋服や美容が大好きなことはもちろんですが、「社会というフィルターを通して、ファッションやビューティーが見れる人」だと認識していただいていることが大きいかもしれません。「WWDJAPAN」のようなニュースメディアと親和性が高かったのではないかと感じています。
僕はモノ自体よりも、そのモノが生まれてくる背景に興味があります。例えば、リーマンショックが起こった翌年の2009年に、ボッテガ・ヴェネタが開いたメンズファッションショーでは、全ての洋服にニットやジャージ素材が使われていました。
レザーのブルゾンだけれど、肌が触れる襟や袖にはニット素材が使われていて、心地よく快適に着られる工夫が施されていたんです。デザイナーに話を伺うと、「リーマンショックの影響で、男性にとって今はストレスフルな時代。ボッテガ・ヴェネタは高級ラグジュアリーブランドであり、インターナショナルなビジネスマンのお客様も多いため、今後どのような洋服を提案したらいいのか悩みました。そのときに、着心地の良さや安心感がある洋服がいいのではないか、と思ったんです」とおっしゃっていて、非常に共感しました。
実際に国内のアパレルブランドも、以降、伸縮するし安心感を提供してくれるニットやジャージ素材を使った洋服は、たくさん作られて、ものすごく売れました。「なぜこの商品が生まれたのか」「なぜ売れているのか」「なぜ売れなかったのか」の背景を紐解くと、今の世の中が見えてくるんです。背景を知ることで、世の中とリンクできることに面白さを感じます。
これは記者時代に事件を通して世の中を考えたり、アメリカ時代の4年間でジェンダーや世界を通して日本を考えたりと、常にフィルター越しに物事を見ていたことが影響していますね。「WWDJAPAN」の媒体の特徴と重なる部分があったからこそ、指名してもらえたのだと思います。
−−メールマガジン「エディターズレター」の配信やYouTubeライブなど、媒体を起点に“発信者の顔”が見える取り組みを積極的に行っています。活動の裏側にはどのような想いがあるのでしょうか?
エンドユーザーのタッチポイントが多様になってきている今、僕たちがさまざまな場所へ出ていかないと、見てくれている人たちの日常に入れないと感じています。
特にニュースサイトの場合、ファクト(事実)を並べているだけだと、競合媒体と差別化ができません。仮にスクープを入手して一番に公開ができたとしても、10分後には概要だけを抜粋した記事が他媒体からも数多く配信されてしまいます。もはや「ファクトのみ」のコンテンツは刹那に消費されていく時代なんです。
ではどのようにコンテンツの価値を長期化させていくのかというと、「私はこう思います」といった“エモーショナル”な部分を出すこと。書き手の思いや人柄が伝わるようなコンテンツにできると、単に消費されないコンテンツになっていくのではないでしょうか。
ただ、エモーショナルな気持ちを抱くには、ブランドに対する知識や思いが必要です。経験があるからこそ「今シーズンの洋服は、前よりずっとすごいです!」という気持ちのこもった記事が書けたり発信できたりします。
記者自身が積み上げてきたファクトがあってこそ、初めてエモーショナルなコンテンツが作れるのだと思います。「WWDJAPAN」がその域に達しているかはまだわかりませんが、タッチポイントを増やしながら理想を目指していきたいですね。
−−今後ファッション業界はどのように変化すると思いますか?
やりたいことが自由にできる業界になると思います。アフターコロナの時代では、新しい自分を探し始めているエンドユーザーが多い印象です。周囲の目を気にせずに、自分らしさを追求する人たちが増えており、価値観が多様化しているんです。着たいものを自由に着る世の中になっているからこそ、ブランド側からも「作りたいものを作ろう」「試したい手法で売ってみよう」といった、枠に囚われないファッションがより生まれるのではないでしょうか。
−−村上さんのような自分のやりたいことに向かって挑戦していく姿勢、考え方を行うためには、日々どのようなことを意識すればいいのでしょうか?
さまざまな学生さんとお話をしていると「正解を欲している」と感じます。「〇〇になりたいのですが、何をしたらいいですか?」と質問をされて回答すると、「そうすれば本当になれますか?」と聞いてくる学生さんが多い印象です。「ミスれない」というプレッシャーのような重々しさを感じることがあります。
「正解を選ぶ」ではなくて「選んだものを正解にしていく」心構えでいられると、最初の一歩が踏み出しやすくなると思います。日本人は真面目なため、多くの人が「間違えたらリセットができない」とプレッシャーを感じてしまい、何事も慎重になりがちです。しかし、それではもったいない!
僕が静岡新聞社を退職して留学したときも、あの時は、その選択が正解だったかは分かりませんでした。今になってようやく「正解だったかな」と思う程度。「選んだものを正解にしよう」と思うくらいのスタンスでいたほうが楽ですし、やりたいことに挑戦しやすいです。まずは、“正解を選ばなくちゃという呪縛”から解放されるところから始めてみてください!
取材・文:田中青紗
編集:学生の窓口編集部
取材協力:株式会社INFASパブリケーションズ
https://www.wwdjapcan.com/
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