数々のベストセラー本を手掛け、自身でも『パン屋ではおにぎりを売れ』『バナナの魅力を100文字で伝えてください』(かんき出版)などを著書に持つ編集者・柿内尚文さんに「伝わる構造」と「伝わる技術」の極意について話をうかがいました。
PROFILE
柿内 尚文 (かきうちたかふみ)
編集者、コンテンツマーケター。
◉――1968年生まれ。東京都出身。聖光学院高等学校、慶應義塾大学文学部卒業。読売広告社を経て出版業界に転職。ぶんか社、アスキーを経て現在、株式会社アスコム取締役。
◉――長年、雑誌と書籍の編集に携わり、これまで企画した本やムックの累計発行部数は1000万部以上、10万部を超えるベストセラーは50冊以上に及ぶ。現在は本の編集だけでなく、編集という手法を活用した企業のマーケティングや事業構築、商品開発のサポート、セミナーや講演など多岐にわたり活動。著書『パン屋ではおにぎりを売れ』『バナナの魅力を100文字で伝えてください』(かんき出版)はともにベストセラーに。
▼Rethink INDEX
1.人は、正しいかどうかではなく「伝わったこと」で判断する。
2.「伝わる」ためには「ゴールを設定」し、「納得感」を作ることが重要
3.相手の視点に立つことで「正しい伝え方」が見えてくる
4.実際にあった、「伝わる」を実践するテクニック例
5.編集者の仕事は「世の中にある新しい価値を発見して、磨いて、届けること」
基本的に人は正しいかどうかではなく、「伝わったこと」で物事を判断します。
例として、僕の若かりし頃の失恋体験を例にお話ししましょう。当時、僕には好きな女の子がいたのですが、どうしても告白する勇気が持てなかったんです。一応、僕なりに「好きだ」という気持ちは態度でアピールしていたつもりだったのですが、一向に振り向いてくれない。そうこうしているうちに、その子に彼氏ができちゃったんです。
しばらく経ってから、彼女に「実は結構好きだったんだけどな」ってポロッと伝えたら、なんと僕の気持ちにまったく気付いていなかったことがわかりました。しかも、「もっと早く言ってくれれば、柿内くんと付き合っていたかも」なんて言っていて……。うわ〜!っていう感じですよね(笑)。
このとき実感したのは、「ちゃんと伝えないと、僕の気持ちは存在しないことになっている」ということでした。もちろん、これは仕事でも同じことが言えます。
かつて、知人から「上司に評価してもらえない」と相談を受けたことがありました。彼はコツコツ真面目に頑張って実績も出していたのですが、彼によると、上司にごまをすってばかりいる同僚のほうが高く評価されていたのだそうです。
もちろん、ちゃんと部下を評価できない上司のほうに も問題があると思いますが 、一方で、伝え方という点では僕の知人も失敗していたんです。ごまをする必要はありませんが、伝えることが足りていなかったと思います。
ここで大切なのは、ただ「伝える」のではなく、相手に「伝わる」ことです。伝えたつもりでも、伝わっていないのでは伝えたことにはなりません。
みなさんの中にも子どもの頃、親に「勉強しなさい!」と怒られたことがあると思います。
僕が小さい頃は、親にいくら怒られても「うるさいな」「もっと遊びたいな」と思うだけで、積極的に勉強しようとは思いませんでした。
この場合は、親の「ゴールを設定する力」が問われるシーンですよね。親としては子どもが勉強することをゴールにしているわけですが、「勉強しなさい!」と言うだけでは伝わりませんから、いつまでもゴールに到達できません。
たとえば、就活では、内定を勝ち取ることがゴールになると思います。以前、「面接でどうしても緊張してしまって上手くいかない」と学生から相談を受けたことがありました。このとき僕がアドバイスしたのは、どうしても緊張してしまうなら、「内定を取ろう」ではなく、「面接官と仲良くなろう」というゴール設定に変えてみてはどうか、ということです。
そうすることで、コミュニケーションの取り方や面接に臨む気持ちも変わってくるはずです。そうなれば、結果的に内定というゴールにも辿りつける確率が上がるのではないでしょうか。このように、目標を達成するために適切なゴールを設定することは、伝える技術の第一段階として重要になってきます。
もちろん、「ただ伝えました」ではなく、伝える相手が腑に落ちたかどうかが大切です。ちなみに、相手が腑に落ちて理解してもらうための法則のひとつに「例えの法則」があります。抽象度が高いものはどうしてもイメージしにくいので、理解しやすいよう例え話を使って物事を置き換えていく方法です。
母親が子どもに勉強をさせたい場合、例えば「勉強すればご褒美がある」だったり、「勉強することが子どもの夢に近づくこと」を伝えたりと、勉強することのメリットを具体的なイメージとして提供してあげることが肝心です。
「相手ベース」で考えることも、 伝わるための大切な要素です。
就活中の面接であれば、面接官の頭の中がどうなっているかを考えることも大切です。例えば、「1日で何人面接しているんだろう」「この人はどういうことを考えているんだろう」と、相手のことを想像してみてください。相手の頭の中を考えることで、正しい伝え方も見えてくるはずです。
ちなみに、仕事ができる人は、大抵聞き上手なんですよね。優秀な営業マンは話す力より、聞く力のほうが優れています。というのも、相手の話を聞けば、相手が求めているものもわかるので、十分に話を聞いたうえで「だったら、これはいかがでしょうか」と的確な提案ができるからです。
異性にモテる人も聞き上手な人が多いですよね。人は基本的に自分が喋りたい生き物なので、他人と話して、話を聞いてもらえたときに「楽しい!」と感じることが多いんですね。
「伝わる」を実践するには、いろいろな技術があります。
実際の事例としては、以前、ニューヨークで明太子を売ろうとした人がいたのですが、アメリカでは生の魚卵を食べる習慣がないので、ニューヨーカーには受け入れてもらえなかったのだそうです。そこでどんな手を打ったか、おわかりになりますか?
実は、アメリカ人がフランス料理をリスペクトしていることに着目し、明太子を「ハカタ スパイシーキャビア」という名前に変えて売り出すことにしたのだそうです。
もちろん、明太子はキャビアではありませんが、「スパイシーキャビア」と名付けることで、ニューヨーカーにも味がイメージしやすく、抵抗感を拭うことができたというわけです。実際、明太子は現地で受け入れられたそうですよ。
他にも、とある八百屋さんが、“普通はお客さんにあまり伝えないこと”をあえてお客さんに伝えることでとても繁盛しているのですが、一体、何を伝えていると思いますか?
答えは、「今日オススメしないもの」です。普通、オススメしないものを伝えると売れ残ってしまいますが、それでもお客さんのためにハッキリと伝えているのです。そうすることでお店への信頼感が生まれますし、正直にダメな野菜を伝えることで、その日にオススメしたい野菜がより引き立つという効果も生んでいるんですね。
「このバナナ美味しいよ!」と言われるより、「今日のイチゴはイマイチだけど、バナナは美味しいよ!」と言われたほうが、魅力を感じませんか?
これは「比較の法則」という技術で、自分の弱点を伝えることで、美点もはっきりと伝えることができるんです。面接や死後でもテクニックとして使うことができると思います。
「視点を変える」という技術は、編集者としてはめちゃくちゃよく使っているテクニックです。僕は、編集の仕事は「本を作ること」ではなく、「世の中にある新しい価値を発見して、磨いて、届けること」だと思っています。
価値を発見するために、ものごとを穿った視点で見たり、逆から覗いたりしています。
文:猿川佑
編集:学生の窓口編集部
取材協力:株式会社アスコム
https://www.ascom-inc.jp/
かんき出版
https://kanki-pub.co.jp/
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