ホリエモン、勝間和代、三木谷浩史......。成功者のアドバイスは毒になる!?

ビジネスマンのなかで有名なオッチャンがいる。関西弁の軽妙な語り口が面白く、それでいて言ってることはマトモ。テレビにもよく出てくるそのオッチャンは堀場製作所の創業者で、最高顧問を務める堀場雅夫という人だ。ビジネスマンとして大成功を収めた人と言ってもいい。その堀場最高顧問は、仕事について核心を突いた言葉を発している。

「日本人は、なぜか仕事とはしんどくて大変なものだと頭に刷り込まれている。もっと自分を大切にせないかんと思います。人生80年のうちの最も貴重な40年間を使う仕事が"おもしろおかしく"なくて、何のために生きるのか」

みなさんは、これからビジネスマンとして働くようになると、例外なく仕事の壁にぶつかるようになる。しかも、それは何度も何度も。「俺に限ってそんなことは・・・」「私は挫折を知らないのよ・・・」と自信過剰になりやすい人も、いままでの狭い池のような環境から、ビジネス界という最も広い海（日本だけでもビジネスマンが5千万人以上いる）に出たら、上には上がいるということを否が応でも感じるようになる。

そんなとき、同僚、先輩、上司がせっかくアドバイスをしてくれても、その言葉に耳を傾けようとしない若者が多い。なぜかというと、地道な努力を強いる内容が多いからだ。若者に向けられる助言の多くは「しんどくて大変な」仕事を連想させるので、若者としてはできれば避けて通りたい。若者に限ったことではないが、そんなとき多くの人は身近な見本よりも、著名な成功者のアドバイスに耳を傾ける。なぜなら、成功者の言葉は、わかりやすくカッコイイからだ。例えば、堀江貴文氏や本田圭佑氏のような実績も影響力もある人間の一言に傾注し、真似しようと試みる人は少なくない。また、仕事に直結したアドバイスを求めるビジネスパーソンたちは、楽天の三木谷浩史社長、ユニクロの柳井正会長、経済評論家の勝間和代氏のような著名人の著書を読み、その文章の中に、仕事のヒントを見つけようとする。確かに、ビジネスで成功した著名人の発言、アドバイスはそれ相応に含蓄があり、経験に基づいているだけに言葉も重い。しかし、私が大変憂慮しているのは、成功者たちが成功するに至る地道な努力ではなく、成功したからこその考え方に若手ビジネスパーソンが目を向けてしまっていることである。

私の著書『社畜のススメ』（新潮新書）の中でも指摘したことだが、オピニオンリーダーとして活躍する勝間氏の著書に『断る力』（文春新書）という本がある。タイトルから分かる通り、「断ることの大切さ」について書かれており、有益なアドバイスが随所にちりばめられているのだが、社内での基礎能力を身に付ける前の若者が先輩や上司の指示に、「断る」ことを実行すれば、どのようになるかは火を見るより明らかだ。それは、先輩や上司の怒りを買うというような些末な話ではなく、「断る」というのは先輩や上司の知恵を拒否することになるので、成長するための栄養分を偏食しているようなことになるのだ。偏食すれば、当然ながら栄養バランスが悪くなり、まともな成長ができなくなる。

もちろん、成功者たちの著書を読むなということではなく、せっかく読むのであれば、成功者たちがさりげなく書いている、下積み時代の猛烈に働いていた努力の跡を、先に参考にしてほしいのだ。勝間氏の『断る力』の「はじめに」にはしっかりと努力の跡が書かれている。「（前略）意外と思われるかもしれませんが、私は断る力がない時代、例えばマッキンゼーのころ、『究極の優等生』と周りから揶揄されていました。なぜなら、上司から言われたことを、実に率直に淡々と実行していたからです（後略）」

「断る力」を発揮するために、きっちりと修行を積んでいる。若者にとっての大切なアドバイスは、どのように修行をするかということであり、修行の積み方は、別に著名人でなくても、社内の同僚、先輩、上司たちに良き見本となる人がいっぱいいるはずだ。

ゴルフ初心者に300ヤード飛ばす打ち方を教えても、なかなかマスターできない。なぜなら、基礎スイングができていないからだ。それと同様、成功者のアドバイスは用法を間違えると毒になり、成長の遠回りを強いるだけ、ということを肝に銘じてほしい。

堀場のオッチャンの言葉をもう一度よく噛み締めてほしい。成長のために避けて通れない「しんどくて大変な」地道な努力ですら「おもしろおかしく」捉えるような発想で仕事に取り組めば、成長は保証されたようなものである。



著者：藤本篤志　USEN取締役、スタッフサービス・ホールディングス取締役を経て、株式会社グランド・デザインズ設立、代表取締役に就任。著書に「社畜のススメ」「就活の壁」など。