『日本言語地図』の調査が行われた昭和30年代には、「七月」の言い方と同様に、「シク」と「ヒク」も、東西で大まかに分布が分かれていたのではないかと考えられます。しかし、最近では、その地域差にも変化が生じていると言います。
「たとえば、2009年に行われたアンケート調査では、関西だけでなく、共通語圏である東京や神奈川でも『ヒク』が優勢になるなど、都道府県別にかなりバラバラな結果が出ています。集めたデータ数が少ないため、この結果がすべてとは言えませんが、現在では、『シク』が東、『ヒク』が西というように、地域別分布を明解に切り分けることは難しくなっているようです」(同)
たしかに、筆者の周囲の人にも聞いてみたところ、西日本出身でも「シク」と言う人もいれば、ずっと関東に住んでいても「ヒク」と言う人もいる様子。このように、現代において全国で「シク」と「ヒク」が入り混じる背景には、さまざまな要因が考えられるそうです。
「一つには、マスメディアの影響で、地方の人の話す言葉が共通語化していることがあります。また、江戸っ子は従来、関西人とは逆にh音をs音に発音しがちなのですが、その訛りを気にするあまり、本来はシが正しいのにヒと発音してしまう『直し過ぎ現象』というのもあります」(同)
「シク」か「ヒク」か。たった一つの音の違いでも、探ってみると、さまざまな発見と日本語のおもしろさ、奥深さが見えてくる気がします。時代の流れや人間の生活の変化とともに、言葉も変わっていくものなのですね。10年後、20年後、あるいは50年後には、「シク」と「ヒク」のどちらがポピュラーな言い方になっているのでしょうか。
文●本居佳菜子(エフスタイル)
黒崎良昭先生プロフィール:園田学園女子大学 人間教育学部 児童教育学科教授。「日本語学」、「方言学」を専攻し、日本語のコミュニケーションの諸相などを研究。『全国お国ことば辞典』(三省堂)など方言に関係した書籍にも多数関わっている。
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