【マツダ】文系出身でエンジニアでないのにクルマの開発リーダーに!「MAZDA3」を開発した先輩社会人にインタビュー!

ヒット商品やサービスを手掛ける企業のキーパーソンにお話を伺う企画「#お仕事図鑑」。
今回は自動車メーカー「マツダ」で新規事業の開発に携わる先輩社会人、別府耕太さんにインタビュー。文系出身ながらもクルマの開発に携わったエピソードや現在の仕事内容、大事にしているモットーについて詳しくお話を伺いました!!
PROFILE
別府 耕太さん
・自動車関連に限定せず、幅広い領域で新たな事業を創ることが主な仕事。
・入社後は販売部門に配属。「エンジニアリングやマーケティングをしたい」という想いから勉強をし続け、MAZDA3の主査に就任。そこで、専門職ではない立場ながらもクルマの開発に携わることを経験。
INDEX
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夢を叶えるために自身の経験やスキルを磨き、アピールを続けた
ーー簡単に自己紹介をお願いします。
マツダ株式会社の別府耕太と申します。現在は新規事業開発室という部署で、自動車とはまた違った新しい事業を作る仕事をしております。
ーー入社当時から今に至るまで、どのようなお仕事を経験されてきたのか教えてください。
私は1998年に新卒でマツダに入社したので、もう30年弱になります。この間、さまざまな部門を経験してきました。入社後10年ほどは国内の販売部門におり、販売会社への出向や、現場に立ってクルマを販売する業務に携わりました。また、当社は多くの販売会社を持っていますので、その採算を管理する経理の仕事も経験しました。
その次に戦略部門へ移りました。マツダは自動車を製造・販売する単一事業者ですので、我々の戦略は、基本的に「どんなクルマを、いつ、どこに投入するか」が骨格になります。その戦略を策定する仕事を10年近く担当しました。
その後、「MAZDA3」の開発責任者を拝命し、全くの未経験でしたがクルマ作りに携わらせてもらいました。さらにその後は、グローバルマーケティング部門でマツダのブランド価値を高める仕事、例えばパーパス(企業の存在意義)の策定や、新型車の発表イベントの企画などを担当しました。そして現在の新規事業開発に至ります。このように、バリューチェーンを横断するような幅広い経験をさせてもらいました。
ーー別府さんは文系出身でエンジニアではないと伺っています。クルマの開発リーダーになられた経緯について教えてください。
基本的に、マツダで開発責任者になるのはエンジニア出身者が圧倒的多数です。さまざまな領域で開発経験を積んだ方がプロジェクトリーダーになるケースが多いのですが、一部、私のように全く違う畑の出身者もいます。
私の場合は理由が大きく2つあり、1つは「常に自分で手を挙げ続けていたこと」です。入社直後から「クルマの開発に携わりたい」と言い続けていました。周りからは「私立文系で国内販売の出身、エンジニアの基礎知識もないのにできるわけがない」と言われながらも、「やりたい」と言い続けた声が届いたのが大きいです。
もう1つは、「開発という仕事の中身を分解して考えたこと」です。開発には、エンジニアが図面を描く仕事もあれば、デザイナーが絵を描く仕事もあります。そして、私が担当したようなプロジェクト全体をリードする仕事もある。この「プロジェクトリーディング」という仕事は、必ずしもエンジニアでなくてもできると分かってきたのです。そこに目標を定め、自身の経験やスキルを磨くと同時にアピールし続けた結果、夢が叶いました。

別府さんが開発リーダーを務めた「MAZDA3」
ーー開発主査という役職について詳しく教えてください。
分かりやすく例えるなら、映画作りに似ていると思います。映画には監督、脚本家、撮影、音楽、そして役者など、さまざまなプロフェッショナルがいますよね。私が務めた開発主査という仕事は、その中でも「映画プロデューサー」に近い役割です。映画プロデューサーは、脚本を書くといったディテールにはあまり関わりません。どちらかというと、「今回はこういうテーマで、こんな方向性の映画を作りたい。そのためにはこれくらいの予算が必要だから、スポンサーを探してこよう」といった大きな企画を立て、構想を具体化するのが仕事です。
それと同じで、私自身が図面を描いたりデザインをしたりするのではなく、「どんなクルマを作りたいか」というビジョンを明確に描き、その実現のためにどれほどのリソースが必要か、どんな人を集めれば実現できるかを考える。これが私の仕事でした。目標を明確にし、そこへ至る道筋を考え、作戦を立てて旗を振る。物事を成し遂げるための「プロデュース能力」が求められる役割です。
ーー主査に抜擢されるために、どのような努力や勉強をされたのでしょうか?
プロデュースに正解はありません。状況や前提を考えながら、自分で組み立てていく必要があります。私が努力したことは大きく2つあります。
1つは「みんなが嫌がる仕事を進んで引き受けたこと」です。会社で皆がやりたがらない仕事は、前例がなかったり、極めて難しかったりします。これこそプロデュース能力が試される場面です。前例のない課題に対して、知恵を絞り、汗をかいて新しい解決策を見つけ出す。大変ですが、これを繰り返すことで考える力が鍛えられ、部署の垣根を越えた人脈ができ、上司や他部署の方に目をかけていただく機会も生まれます。実際に、こうした経験の中で開発部門の責任者の方に評価していただき、道が開けました。
もう1つは「会社の歓送迎会などの幹事を引き受け、それをものすごく楽しい会にすること」を個人的に実践していました。宴会も、企画次第で参加者の2〜3時間の体験を大きく変えることができます。これも、自分の知恵でゼロから何かを生み出す、貴重なプロデュースの機会だと捉えていました。仕事とプライベート半々のような感覚ですが、仕事の中だけでは鍛えにくい能力をこうした機会を見つけて磨くようにしていました。
ーーMAZDA3の主査として苦労したことや、やりがいを感じた瞬間について教えてください。
最も意識したのは、「プロに任せる」ことでした。リーダーでありながら、他のメンバーの方がクルマ作りにおいては経験も実力もはるかに上だったので、そんなリーダーがすべきことは決まっていました。
1つは、明確なビジョンを示すこと。「こういうお客様に喜んでもらうために、こんなクルマが作りたいんだ」というゴールを、熱意を持って語り続ける。
そしてもう1つは、ビジョンを実現するための具体的な方法はクルマ作りのプロであるメンバーに任せること。そして、彼らが最大限に力を発揮できる環境作りに徹しました。本当はクルマ好きなので細かいことにも口を出したくなりましたが、そこをぐっとこらえて大きなビジョンを示すことに集中するのが自分に課した課題であり、一番の苦労でした。
やりがいを感じたのは、私が示したビジョンに対し、プロであるメンバーたちが期待以上に応えてくれた瞬間です。「別府さんの言うゴールに行きたいなら、機能やデザインはこうすべきだ。ハードルは高いがお金をかけてでもやろう」と、皆が前向きに行動してくれたときは本当に嬉しかったです。仕事をしていて、こんなに楽しいことがあるのかと感じました。

MAZDA3について語る別府さん
一生をかけて働くなら、好きなことをやろう
ーーそもそも、なぜクルマの開発に興味を持ったのでしょうか?
もともと動くものが好きだったのですが、実は就職活動のとき自動車メーカーは受けていませんでした。「仕事はお金を稼ぐ手段」と割り切り、生涯賃金が高い順に受けるという今思うと少し恥ずかしい就職活動をしていました。金融、商社、マスコミなどから内定もいただいており、金融業界に進むことが決まっていたのですが「この仕事を本当に40年も続けられるだろうか」という漠然とした不安がありました。
そんなとき、大学の先輩が後輩に声をかける「リクルーター制度」で、マツダに就職した先輩から連絡をいただいたのです。喫茶店で話を聞く中で「マツダは意外と好きなことができる会社だよ」と教えてもらいました。その先輩も私と同じ商学部出身で、マーケティングという側面からクルマ作りに携わっていました。
そこで「一生をかけて働くなら、お金か、好きなことか」を天秤にかけ、最終的に「好きなことをやろう」と決めてマツダに入社しました。だからこそ、入社した瞬間から「絶対にクルマを作る」という夢を実現するためにずっと手を挙げ続けてきたのです。
ーー現在のお仕事について伺います。なぜ自動車メーカーであるマツダが、新規事業を開発しているのでしょうか。
理由は大きく2つあります。
1つは会社のパーパス(存在意義)が新しくなったからです。数年前までマツダは「走る歓び」というキーワードを掲げていました。しかし数年前、「前向きに生きる人の輪を広げる」というより広く、抽象度の高いパーパスを新たに定めました。このパーパスを実現する手段は、必ずしもクルマだけではないはずです。クルマ以外の領域でも貢献できることがあるのではないか、と考えたのがきっかけです。
もう1つは「両利きの経営」という考え方に感銘を受けたからです。企業が持続的に成長するためには、既存事業を深める「知の深化」だけでなく未知の領域を模索する「知の探索」が重要である、という考え方です。マツダがより強く成長していくためにも、自動車事業という強みを持ちながら新しい領域に挑戦することが大事だと考え、新規事業に取り組んでいます。

新規事業開発室の会議の様子
ーー具体的に、どのような新規事業に関わっているのか教えてください。
まだ事業化に至っておらず具体的な事業名はお伝えできないのですが、現在取り組んでいる領域を2つご紹介します。
1つは、「マツダが持つ技術の他産業への応用」です。私たちはクルマの開発・製造の過程で、優れた技術や技能を数多く持っています。今は自動車作りにしか使っていませんが、これを違う産業に持ち込むと大きなビジネスになる可能性があります。
もう1つは、「広島の地域課題解決を起点とした事業創出」です。マツダは広島の地で長くビジネスをしてきました。そのノウハウやつながりを活かし、人口減少や高齢化、過疎地域の交通・生活インフラの維持など広島が抱える課題に対してマツダの技術や資産、そして地域に根付いた他企業との連携によって解決策を見出し、それを事業にしていく取り組みです。
ーー新規事業開発の魅力は何でしょうか?
課題を抱え、本当に困っているお客様の顔が直接見えることです。既存事業はすでにある製品の中で他社と競争しますが、新規事業は未解決の課題に対し、お客様と我々が一緒になって解決策を探していくプロセスを辿ります。お客様が喜んでくれる瞬間や、逆に困っている点をダイレクトに感じながら仕事を進められるのが、この仕事の面白さだと思います。
目の前の出来事に一喜一憂せず、時間軸を長くして考えてみる
ーー別府さんのモットーが「人間万事塞翁が馬」とのことですが、この言葉について教えてください。
これは「目先で起こることに一喜一憂せず、もう少し俯瞰して長い目で物事を考えよう」という中国の古い教えです。仕事は、まさにこの逸話の連続です。目の前で起きたことの良し悪しと、それが将来どう作用するかは、必ずしも一致しません。
私自身、クルマ作りがしたくて入社したのに最初に配属されたのは販売部門でした。当時は希望と違う部署で、会社を辞めようかと思うほど辛かった。しかし、そこで踏ん張ったおかげでお客様と直接対話する経験や事業の川下から会社全体を見渡す視点を得ることができました。これは、その後のどの部署でも大いに役立ちました。
皆さんも目の前の出来事に一喜一憂してしまうことがあると思います。しかし、一度俯瞰して時間軸を長くして見てみると「この出来事は本当に自分にとって悪いことか?」「いや、自分の心構え次第で将来の大きな資産になるのではないか?」と捉え方を変えることができます。社会人になると学生時代より時間軸が長くなりますから、この視点を持つことがキャリアを豊かにしていく上で非常に大事だと考えています。
ーー最後に、大学生へのメッセージをお願いいたします。
仕事をするというのは皆さんにとって初めての経験で、いろいろ悩むと思います。しかし、先ほどの「人間万事塞翁が馬」ではありませんがぜひ長い目で見てください。
思い通りにいかないこともあります。でも、どんな経験からも必ず学ぶことがあります。「ここから何を学べるだろう」と貪欲に考え、経験するすべてを学び変えていけば必ず何かを達成できるはずです。そういう心持ちで頑張っていただければと思います。

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取材:蒲生 杏奈(ガクラボメンバー)
執筆:田中 妃音(ガクラボメンバー)
編集:学生の窓口編集部
取材協力:マツダ株式会社
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