早いもので、本連載も最終回。これまでいろいろなことを書いてきたが、これから社会人になるみなさんへ、最も大切なメッセージを書いて締めくくりたいと思う。
先月、札幌に出張した折、羊ヶ丘展望台に立ち寄ってきた。多分100回以上は札幌を訪れたことがあるが、羊ヶ丘展望台は初めての訪問だった。この名前を聞いてピンとくる人は、北海道出身者か訪問経験者ぐらいだろう。有名なクラーク博士の銅像が札幌の街を見下ろすように立つ景勝地だ。クラーク博士と言えば、「少年よ大志を抱け(Boys, be ambitious)」の名言で知られている。彼は、明治初期に北海道開拓のため米国から招聘され、札幌農学校(現北海道大学)の初代教頭でもある。後に内閣総理大臣になる黒田清隆も彼の教え子の1人だ。
これから社会人デビューを迎えるみなさんにとって、この「少年よ大志を抱け」という言葉ほどピッタリとくるものはないだろう。仕事が人生に与える役割は大きい。口にするかどうかは別にして、誰もが「果たしたい夢や希望」を抱き、その実現に向けて社会に飛び出すのだ。しかし、どうしたことか、いつのまにか現実の荒波にもまれ、自分の抱く大志を見失い、【死せる歯車】として組織にしがみつくことでしか自分の存在場所を見いだせなくなってしまう人が後を絶たない。残念だが、それが現実だ。年齢を重ね、大志よりも余生を楽しもうという人にとっては、その平穏さが新たな幸せを呼ぶこともあるかもしれないが、みなさんのような若者が最初から目指すべき道ではない。
私が本連載で書いてきたことは、「果たしたい夢や希望」をかなえるための道しるべなのだ。これから社会人になろうとするみなさんには、平等にチャンスがある。学歴や環境(親を含む親族の影響力等)によって若干のスタートラインの違いはあるだろうが、そのチャンスをモノにできるかどうかは本人次第だ。
私がみなさんに贈りたい大切なメッセージは、まさしくそのチャンスをモノにするための「社会の入り口に立つ心構え」となる。
それは、「【生ける歯車】になれ!」というメッセージだ。
【生ける歯車】とは、夢や希望をかなえるために頑張っているビジネスパーソンのことである。逆に、【死せる歯車】とは、夢や希望に敗れ、ただ後ろ向きに組織の駒として動くだけのビジネスパーソンを意味する。同じ「歯車」でも、そこには天と地ほどの差がある。
その差は何か?
それは、「評価変化」に気付くかどうかだ。だが、気付く人は少ない。
聴き慣れない言葉であろう「評価変化」とは、学生時代と社会人時代との評価のあり方がガラッと変わってしまうことを表現した私の造語だ。どのように変化するかというと、学生時代までは学力、つまりテストの点数が主な評価対象となる。それは自分が自分のためにどれだけ頑張ったかということをテストの点で表す絶対評価なのだが、社会人になると、自分が会社(実際には所属組織)のためにどれだけ貢献したかという相対評価に変化してしまうのだ。
わかりやすく言えば、学生時代は学級運営に貢献しなくても、あるいは、クラス内で不人気でも、学力さえあれば希望の高校や大学に入学できる(高校や大学から合格と評価される)。しかし社会人になると、例えば営業職の場合、いくら営業成績がトップでも組織に非協力的だったり、組織のはみ出し者だったりすると総合評価は半減以下になってしまうことが多い。絶対評価の色合いが濃い営業職でもそうなのだから、それ以外の職種ではなおさらだ。たとえ能力が高くても自分のことだけを考える人間は、まず評価されない。このことに気づかないまま働き続けて10年たち、20年たったところで「しまった!」と気付いたときはすでに後の祭りだ。
では組織の一員として認められるようになるためには何が必要なのか。それは、組織の歯車としての役割をきっちりと全うできることに他ならない。歯車としての功績あるものだけが歯車の気持ちを理解し、歯車を動かす側に回ることができるのだ。そのような立場に立って初めて、自分の夢や希望をかなえるためのアイデアを思う存分発揮できるというものだ。
ところが、ほとんどの若者は、周囲との協調はさておき、最初から自分自身に対する絶対評価を欲する動きをする。そしてそれが個性だと勘違いしている。それが活躍することだと履き違えている。最初から歯車としての働き方を嫌い、実績も蓄積知識も中途半端なのに、自分の思い通りに仕事をしたいというわがままな欲望が、相対評価の中で受け入れられることはほぼない。
会社の評価の基軸は、点数による絶対評価ではなく、人間の感情で左右される相対評価。「評価変化」に対応できないビジネスパーソンは評価されないので、出世が遅れる。出世が遅れると収入が上がらず、やりたい仕事に就ける可能性も低くなる。そんなビジネスパーソンは、現実逃避から転職に至っても、転職先で同様の評価の繰り返しになるのが関の山だ。それでも働かざるを得ないので、最後は【死せる歯車】でもいいから与えられた仕事にしがみつくことだけが、いつしか「小さな希望」になってしまうのだ。
みなさんは、そんな【死せる歯車】になることを望んでいるだろうか?
決してそんなことはないはずだ。若者は自分の力で将来を切り開くことができるということを信じて働くべきだ。そのためには、相対評価が渦巻く会社組織で高い評価を得るために【生ける歯車】として努力することから始めることを勧める。
著者:藤本篤志 USEN取締役、スタッフサービス・ホールディングス取締役を経て、株式会社グランド・デザインズ設立、代表取締役に就任。著書に「社畜のススメ」「就活の壁」など。
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