見えない現場に光を当て、日本社会を支える - 経済産業省・水口さんが語る政策づくりのリアルとやりがい
政策は、社会や産業の方向性を左右する重要な役割を担っています。しかし、その政策がどのような現場で、どのような思いのもとにつくられているのかを知る機会は、決して多くありません。
今回お話を伺ったのは、経済産業省で中小企業政策やヘルスケア分野を担当してきた水口さん。中小企業の予算設計や仕事と介護の両立支援、そして大阪・関西万博のコンセプトづくりまでと幅広い部分に携わっています。現場と社会の双方に向き合いながら政策づくりに携わってきた水口さんに、業務内容や仕事への思い、そして経済産業省で働くことの意義について伺いました。

中小企業のライフサイクル全体を支える予算設計の仕事
ーー現在担当している業務の内容はどんなことでしょうか?
水口さん:現在は中小企業の政策に関わる予算の統括をしてます。
日本には約300万社の中小企業が存在し、それぞれが異なるフェーズの経営課題を抱えています。創業時や事業資金の調達、あるいは事業を親族や第三者へ承継するフェーズなど、誕生から廃業、その先の再チャレンジまで、企業のライフサイクルを支えるために、さまざまな政策が展開されているのです。
それらの政策には関連予算が紐付けられており、予算全体の中でどこにメリハリをつけるのかといった戦略判断を担当しているのが現在の仕事になります。
また、ひとつ前の業務についても触れますと、2022年から2025年まではヘルスケア領域の産業振興を担当していました。健康や医療、介護という幅広い、人のライフサイクルに関わる産業政策を担当しており、私はその中でも特に介護領域をメインに担当していました。
「介護」は個人の課題ではなく、社会全体の成長課題
ーーその政策が社会にどのような影響を与えることを目的にしていますか?
水口さん:ヘルスケア政策全体としては、まさに今、社会保障費が膨れ上がっている中で、いかに健康な状態を維持していただくことで社会保障費を抑制出来ないかという狙いがあります。
一方で、私が担当していた介護領域については、少し異なる視点もあります。現在、仕事をしながら介護をされている方々が一定数おり、その数は約300万人。そうした方々が仕事と介護を両立しようとすると、どうしても仕事の時間が減ってしまったり、勤務中も親のことが気になってパフォーマンスが下がってしまったりするという課題があります。実際にアンケート調査でも、介護が始まる前よりも約2~3割ほどパフォーマンスが落ちてしまっているというデータも出ているのです。こうした影響により、2030年には日本全体で約9兆円もの経済損失が発生するという推計もあります。
介護はどうしても「個人の課題」と捉えられがちですが、実はこれからの企業の成長課題であり、日本社会全体の課題です。そうした課題に対して、経済産業省としてもアプローチしていきたいという問題意識を持って取り組んでいました。
異なる立場をつなぐ「プロデューサー」としての役割
ーーご自身の役割を一言で表すとどのような役割になりますか?
水口さん:一言で言えば「プロデューサー」、あるいは「潤滑油」のような存在だと思います。
特に介護のような領域は、長年業界を守ってきた伝統的なプレイヤーと、超高齢社会に勝機を見出して参入する新興ビジネス勢力の双方が存在します。
行政の立場としては、業界の伝統や歴史に対するリスペクトを持つことは不可欠ですが、それだけではイノベーションは起きません。私はどちらも必要かと考えています。だからこそ、伝統的な考えを尊重しつつも、新しく入ってきた方々のパワーをどうやって業界にうまくランディングさせていくのか。そこをうまく潤滑油的につなげていくというのが、私のひとつの役割だと考えています。

社会が「1ミリ動いた」と感じた大阪・関西万博の仕事
ーー実際にかかわった施策の中で社会が動いたと感じる瞬間はありますか?
水口さん:2019年から携わった大阪・関西万博のコンセプトメイク業務は、非常に大きな経験でした。
当時は開催決定直後で、具体的なパビリオン建設よりも前段階の「何を伝えるか」という思想(コンセプト)を構築するフェーズでした。私は政府出展パビリオンである「日本館」を統括し、ゼロベースからクリエイターチームと何度も協議を重ねた結果「いのちと、いのちの、あいだに」というテーマを練り上げました。
当時は抽象的な「言葉」でしかありませんでしたが、実際に万博会場で形になり、足を運んで建築や展示を目の当たりにしたとき、大きな感動を覚えましたし、SNSなどで「日本館のメッセージが響いた」といった一般の方々のポジティブな反応を目にしたとき、私たちの想いが1ミリでも社会を動かしたのだと、深い感慨を覚えました。
白紙から尖ったコンセプトを生み出す難しさとやりがい
ーー現場で感じる難しさややりがいはどんなことですか?
水口さん:万博のような「白紙」の状態から何かを生み出すプロセスには、特有の難しさがあります。
万博では、約10名のトップクリエイターと議論を重ねて仕事を進めていきましたが、各々のクリエイターがプロとしての強い矜持を持っているため、意見が衝突することも珍しくありません。通常の行政であれば「平均値」を取って丸く収めますが、万博のような発信の場では、突き抜けた「尖り」がなければ誰の心にも刺さりませんでした。
「全員の納得感」を得ながら、いかに「尖ったコンセプト」を維持するか。その中心に据えるべき言葉を見つけ出すプロセスは、極めてタフな調整を要しましたが、それがカチリと嵌(はま)った瞬間の達成感は、代えがたいものがあります。
入省後に見えてきた、社会を支える「裏側の世界」
ーー入省前と比べて政策への考え方や仕事への取り組み方にはどのような変化がありましたか?
水口さん:入省前は、社会の「アップサイド(華やかな成長)」の部分をよく見ていました。
しかし、実際に現場へ入り、日本の屋台骨である中小企業の資金繰りや、社会保障の根底にある泥臭い現実に向き合う中で、景色が変わりましたね。
一見キラキラしていないように見える裏方の領域、例えば「どんぶり勘定」で進んでいる現場に入り込み、予実管理を通じて、社としての経営状況を可視化するといった地道なアプローチこそが、実は社会に対しても大きなインパクトを与えると感じました。
もちろん、今でも社会のフロンティアを切り開いている方々と話すと元気をもらえるので大好きです。ですが、より多くの人や企業が行動変容を起こすためには、先端領域ばかりでなく、社会の根底にある見えない領域に向き合う必要があります。
それは決して華やかではなく、非常に泥臭い世界かもしれません。しかし、そうした領域で汗をかいてこそ、世の中は本当に変わっていくのだと感じました。この社会の二面性に気づけたことは、自分の人生にとっても大きな資産になったと思います。
感謝の言葉が原動力になる瞬間
ーーどんな瞬間にこの仕事をしてよかったなと感じますか?
水口さん:シンプルですが、周囲の方から感謝の言葉をいただいたり、「あなたと仕事ができて楽しかった」と言っていただけたりした瞬間が、やはり一番嬉しいですね。
公務員の仕事は、基本的には社会の「裏方」です。自分の名前が表舞台に出ることは中々ありません。しかし、真摯に泥臭く取り組んでいれば、「この人は本当に現場のために汗をかいてくれている」と気づき、見てくださる方は必ずいます。
具体例を挙げると、以前担当していた介護領域での経験が象徴的です。「仕事と介護の両立」は以前から存在した課題でしたが、そこに「産業政策」として光を当てたことで、社会の空気が一変しました。多くの企業が「経産省が動くなら、我々も本腰を入れて取り組まなければならない」と、経営課題として認識し始めたのです。
その結果、以前からこの課題の重要性を訴え続けてこられた現場の方々から、「自分たちの信じてきた道は間違っていなかった。水口さんが光を当ててくれたおかげだ」という言葉をいただきました。
自分の掲げた問題意識が、業界を支えてきた方々の想いと共鳴し、共に政策を前進させていける。裏方であっても、そんな確かな手応えを感じられたとき、この仕事を選んで本当に良かったと心から感じます。
現場に出ることで生まれるプレッシャーと責任感
ーー仕事の中で感じるプレッシャーや責任感はどのような部分になりますか?
水口さん:プレッシャーや責任感の源泉は、常に「現場」にあります。
正直なところ、庁舎内だけで働いているうちは、本当の意味でのプレッシャーを感じることはありません。机上の数字だけを見ていると、どうしても企業や人を自分とは切り離された「無機質な対象」として捉えてしまい、そこに血の通った感情が伴わないからです。
しかし、一歩外へ出て現場に足を運ぶと、そこには強烈なプレッシャーと責任感が存在しています。役所の中だけで作った政策は、表面上は「綺麗な絵」に見えますが、それが実社会で機能するかどうかは別問題です。
「どこに政策のツボがあり、どう押せば社会が動くのか」――。それは、外の世界に飛び込まなければ決して分かりません。
現場では時に、「今更あなたがこんなことをして、一体何の意味があるんだ」と、長年その道で苦闘されてきた方から厳しい言葉を投げかけられることもあります。しかし、そうした摩擦こそが、「なぜ自分たちはそう見られているのか」「現場の真の課題は何なのか」を深く内省するきっかけになります。
現場から返ってくる厳しい反響を受け止め、そこにある重圧を肌で感じる。そのプロセスを経て初めて、社会の実態に即した「血の通った政策」が生まれるのだと考えています。

経済産業省だからこそ得られる「視座の高さ」
ーー学生に向けて、経済産業省に入省することでしか得られない学びはどんなものがありますか?
水口さん:一言で申し上げれば、圧倒的な「視座の高さ」を養える環境があることだと思います。
例えば、社会人4〜5年目になったとき、他の組織と経済産業省とで何が最も違うのか。それは、日常的にお付き合いさせていただく方々の層にあるのではないでしょうか。
もちろん部署にもよりますが、私自身、万博のプロジェクトやスタートアップ支援に関わる中で、企業の経営者の方々や、業界の一線で活躍するトップクリエイターの方々と深く対話する機会に恵まれました。これは「経済産業省」という立場があるからこそ得られる貴重な接点ですが、同時にそこには猛烈なプレッシャーが伴います。
なぜなら、人生を賭けて「本気」で仕事に向き合っているプロフェッショナルの方々に対して、私たちも同等の視座を持って向き合わなければ、瞬時に見限られてしまうからです。相手がどのような地平で世界を捉え、どのような想いを込めてひとつの作品や事業を創り上げているのか。それらを必死に勉強し、対等に議論のテーブルに付かなければ、そもそも相手にすらされません。
こうした極限の環境に身を置くことで、自分の視座を「強制的に引き上げざるを得ない」状況こそが、最大の学びだと感じています。
経済産業省では、異動のたびに全く異なる未知の領域に飛び込み、その都度、同様のプレッシャーにさらされることになります(笑)。しかし、そのヒリヒリとするようなチャレンジこそが、私にとっては心地よくもあります。中途半端な姿勢では通用せず、時には大きな挫折を味わうこともあるでしょう。しかし、その痛みも含めて、自分自身をアップデートし続けられる。それこそが、この組織で働く唯一無二の価値ではないでしょうか。
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社会を支える仕事は、必ずしも表舞台にあるとは限りません。見えない現場に向き合い続け、自分の仕事で社会を少しずつ動かしていく――水口さんの言葉からは、経済産業省で働くことの責任と、その先にある確かな成長が感じられました。
いろいろなことにチャレンジしてみたい、そして視座を高めたいと考えている人は、一度「経済産業省」のInstagramをのぞいてみてはいかがでしょうか。















