考え方を変えるには、まず物事を違う視点からみることが重要です。しかし、“視点を変える”といっても、具体的にはどうすれば良いのでしょうか?
「物の見方を変えることは仕掛けを考える上でも、とても大切です。」と話すのは、「仕掛学」の第一人者・松村教授。
仕掛学とは、つい行動したくなる「仕掛け」を施すことで人々の行動を変え、社会問題を解決する学問のこと。仕掛けとは人々の行動の選択肢を増やすもので、そのアイデアを考えるときには、新たな視点を持つことが必須だといいます。
PROFILE
松村 真宏 (まつむらなおひろ)
大阪大学大学院経済学研究科教授
◉―― 2003年東京大学大学院工学系研究科修了。博士(工学)。2017年より大阪大学大学院経済学研究科教授。「仕掛学」を創始し,仕掛学の研究・実装・普及に従事。
◉――『仕掛学 人を動かすアイデアのつくり方』(東洋経済新報社)、 『人を動かす「仕掛け」 あなたはもうシカケにかかっている』(PHP研究所)などを上梓。『所JAPAN』(フジテレビ)をはじめ、メディアにも出演。
▼Rethink INDEX
1.【事例1】つい上りたくなる階段で、駅の混雑を緩和
2.【事例2】周囲を巻き込むことで、ゴミのポイ捨て問題を解決
3.正論を疑うことから視点が変わる
「社会問題とは、私たち自身の行動が作り出したもの」と松村教授はいいます。例えば、駅構内の混雑という問題もそのひとつです。
JR大阪駅は、JR西日本の中でも最大級の利用者数を誇る路線が複数通る駅。そのため、駅の構内は1日中人で溢れており、混雑が問題となっていました。なかでもエスカレーターは特に利用者が多く、転倒や接触事故が多発していたそうです。
そこで2019年、松村教授はJR大阪駅で仕掛学の実験を行いました。
エスカレーターの混雑を緩和させるには、利用者を減らさなければなりません。松村教授が実施したのは、エスカレーターの隣に設置されている階段への仕掛け。階段利用者が増えれば、その分エスカレーターの利用者が減り、安全になると考えたのです。
「人がつい上りたくなるような面白い階段にすれば、駅の利用者の行動を変えられるんじゃないかと。上ることで、投票ができる階段にしたんです。『アフター5に行くとしたらどっち?』という質問とともに、階段の右側には“天満”、左側には“福島”というタイプの違う大阪府内の繁華街の名前を書いて、上る人がどちらかに投票できるようにしました。階段にセンサーをつけ、人が上ると自動的にカウントされるようにして、リアルタイムで電子掲示板に投票数も表示しました。」
この仕掛けを施したところ、そのユニークさに惹かれて階段を選択する人が増加。1日あたり約1340人も階段利用者が増えたそうです。その効果でエスカレーターの利用者は減り、混雑による危険という問題が解決に繋がりました。
ゴミのポイ捨ても重大な社会問題ですが、仕掛けによって解決に導いた事例があります。
大阪にあるマンションギャラリー「コスモスイニシア南森町ギャラリー」では、建物前のスペースにゴミを捨てて帰る人が後を立たず、どうにかポイ捨てをやめさせられないかと松村教授に依頼が来たそうです。
「みんながこのスペースに愛着を持てるようになれば、自然とポイ捨てする人はいなくなる」と考えた松村教授は、建物の前にプランターを置くという仕掛けを施しました。
「ハーブや花を植えたプランターと一緒に水やりのためのジョウロも置いて、『みんなで育てましょう』と提案しました。要はみんなを巻き込むことで、愛着を持ってもらえるような仕掛けを考えたんです。」
プランターに植えたのは15種類のハーブの他、実が成ったみかんとぽんかんの木、花が咲くフェイジョア、オリーブの木など、毎日水やりが必要な植物。どれも成長が目に見えやすい植物のため、建物の前を通る人々が、気にかけてくれるようになりました。プランターの仕掛けを設置してからは、建物の前にゴミを捨てる人はほとんどいなくなったそうです。
さまざまな視点から物事を考えることで、仕掛けを生み出してきた松村教授。ゼミの学生たちとアイデアを出し合うこともありますが、その際にひとつだけルールを設けています。
「仕掛けを考えるときには正論は禁止。学生たちに正論以外でアイデアを考えてくださいって伝えています。正論は正しいことなので、誰かが言い出すと否定しづらい。ですが、そもそも正論が通るならば今ある社会問題は解決しているはずです。だからこそ、仕掛学は正論以外で考える必要があると思っています」。
正論を疑うことは、視点を変える上でも重要だと松村教授はいいます。
「正論を聞くと人は安心すると思いますが、そこで思考が停止してしまう。あえて「正論は罠だぞ、騙されたらあかん』と自分に言い聞かせることで、初めて違う目線で物事を見ることができます。それが視点を変える出発点になると思います。」
松村教授が提唱する仕掛学は、当たり前を見つめ直す「Rethink」のヒントにもなるでしょう。
今後も視点を変えるというテーマについて、仕掛学を用いた事例をフックにさらに深堀りしていきます。お楽しみに!
文:安藤茉耶
編集:学生の窓口編集部
取材協力:大阪大学大学院 阪大SroryZ HP
出典・引用:JR大阪駅の階段事例
武内 雅俊、松村真宏 「大阪環状線総選挙」〜駅のエスカレーター混雑緩和のための仕掛け〜、第9回仕掛学研究会 (2020)
「大阪環状線総選挙」 〜駅のエスカレーター混雑緩和のための仕掛け〜PDF
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