「自分の言葉が広告塔。やりたい!って気持ちは言い続ける。」#生き方コンパス Vol.6:プロレスラー征矢学

「自分の言葉が広告塔。やりたい!って気持ちは言い続ける。」#生き方コンパス Vol.6:プロレスラー征矢学

2019/08/01

#生き方コンパス

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分厚い胸板に隆々とした筋肉、リング上では泥臭く相手の技を受ける。時には、お客さんの歓声にこたえて笑いをとる。

なぜこんなに痛くてキツイ仕事をこんなにも好きそうにできるのだろう?後楽園ホールで初めて征矢学選手の試合を見たときに感じた印象だ。

インタビューのなかで、「自分がプロレスで人生を変えられたのと同じように、プロレスを通して誰かにきっかけを与えられるようになりたい。だからもっと沢山の人に知ってもらいたい」と征矢選手は語ってくれた。

病弱でなりたいものがなかった少年が、なぜプロレスに出会い、リングで生き様を表現するようになったのか。“やりたい”を“やる”ために何をしてきたのかキャリア選択という、大人への分岐が迫る大学生のあなたに響くヒントがあるかもしれない。

幼少期…K-1だと思って見ていたプロレスに衝撃


――征矢選手がプロレスラーになりたいと思ったきっかけはなんでしょうか?

征矢:中学2年生のときに、親父がK-1好きで、一緒に見に行ったことがあったんですよ。それで興味を持って、夜な夜なテレビをつけて見ていたんですけど、K-1とプロレスが違うことを知らずに見てたんですよね(笑)。あるとき選手が急にリングで寝はじめたり、リング外でも戦ったり…「あれ?これK-1と違うな」とすごい衝撃を受け、プロレスに何か惹き付けられるものを感じたんです。

――格闘技への親しみはあったんですか?

征矢:まったくなくて。幼いときにペルテスっていう股関節が取れちゃう病気をしまして、小学1年生の終わりから4年生の夏くらいまで入院してたんです。

今でも脚の長さが左右で3cmくらい違うんですよ。スポーツをやりたい気持ちはあったんですけどできなくて。どちらかと言うと文化系でした。

――運動や格闘技を始められたのはいつごろなんですか?

征矢:一応中学のときは、先生に言われて水泳部に入ったんですよ。高校は水泳部がなくて2年まで帰宅部。でも、柔道場の大きなマットをリングに見立てて、昼休みとかに友達とプロレスごっこをして遊んでたら、柔道部の先生に見つかってしまって(笑)。「お前ら何やってんだ!柔道部の備品を勝手に使うんじゃない!」と。

で、何故か僕だけ「放課後、体育研究室来い!」って言われて…何だろう?と思って行ったら「プロレスラーになりたいらしいな。今回のことは許してあげるから」と柔道着を渡されて(笑)。あんまり断れるタイプじゃないので……「わかりました」って二つ返事で柔道部に入部することになったんです。

――小学生のころの病気は完治してたんですか?

征矢:病院の先生には「刺激のある運動はするな」と言われていたんですけど、高校生になったし、入院から期間があいてたんで大丈夫かなと思って(笑)。

――進学先の国際武道大学は、プロレスラーになろうと思って選択されたんですか?

征矢:そうですね。高校卒業から本格的にプロレスラー目指そうと思ってはいたんですけど、プロレス雑誌で「プロレス入門テストは大体こんなことやります」ってのを読んだら、当時だと基本スクワット500回とか、腕立て伏せ250回とか、そこから縄跳び3分間とか書いてあって、「やばいやばいっ!こんなにキツイんだ!」って、自信が持てなくて。

どうしようかなと思っていたときに、国際武道大学で砲丸投げを専門にしていた先輩が教育実習で来ていて、めっちゃデカかったので、ここに行けば自分もそういう風になれるのかな?って(笑)

――ご両親にはプロレスラーになりたいって話はされていたんですか?

征矢:プロレスラーになりたいって話はしていましたが、親には最初から反対されてたんですよ。「絶対ムリだからやめとけ」。「大学は出ろ」って。じゃあ大学は国際武道大学でってお願いして。

大学で入った柔道部でも、最初からプロレスラーになりたいって話はしてました。面白いやつだなって思われてたみたいです。ただ、高校の柔道部とは1ランクも2ランクも上なので最初は全然練習についていけなくてヤバかったですね。やたら重たいベンチプレスとかを上げている先輩もいて、僕自身は何か器具を使ってのトレーニングをやったことがなかったので、めちゃめちゃ影響を受けました。

ねずみとゴキブリと猫が同期だった、下積み時代


――プロレス業界にはどのように入ったんでしょうか?

征矢:(業界との関わり自体は)大学3年生のときに、元プロレスラーの坂口征二さんがやっている道場を大学の先生が紹介してくださって。

坂口さんに会ったときは、緊張のあまり何を喋ったか全く覚えてないんですけど。「どこから通ってるんだ?」って聞かれて「千葉の勝浦です!」って答えたら、「好きに使え!」って言ってくださって、無料で通わせてもらえるようになったんです(編集部注:大学から道場までは片道3時間くらいかかったそう)。 

そんな感じで通っていたら、坂口さんの息子さんの征夫さんが「新日本プロレスの西村修さんが千葉の上総一ノ宮に道場持ってるから」って紹介してくださって、そこで練習するようになって。で、西村さんが旗揚げする新しい団体(旧:無我ワールド・プロレスリング)の入門テストを受けて、大学卒業後にプロレスラーになりました。

――大学時代には他の職業を考えはしなかったですか?

征矢:親とかまわりに絶対ムリだって言われ続けてて、逆に「絶対なってやろう」っていう気持ちが強かったかもしれないですね。教員免許も取得したんですけど、教育実習中に自分ではできないなって思いまして、就職活動もプロレス一本だけです。

――ご両親にはプロレスラーになることについて何か言われましたか?

征矢:入団テスト受けるって言ったら絶対反対すると思ったので、勝手に受けて合格してから報告しました。 「合格しましたんで、プロレスラーになります」って。第一声は「ほんとに言ってんのかお前!?」でしたね(笑)。

――そうは言われつつも、晴れてプロレスを始められたんですね。

征矢:はい。ただ、僕一人で上総一ノ宮の道場に住み込みになったので大変でした(笑)。

――プロレス業界で、道場住み込みっていうのはよくあることなんでしょうか?

征矢:そうですね。今のうちの団体(WRESTLE-1)は若手が住み込みで生活していて人数いっぱいいますし、他の団体はみんなでちゃんこ食べたりするんですけど、当時は不便な場所だったので先輩方は練習のときだけ道場に来てて、ずっといるのは本当に僕だけで(笑)。

だから僕、“こいつが同期”って人がいないんですよ。ねずみとゴキブリと猫が同期みたいなもんで(笑)。外でスクワットやっていると股の間を猫が八の字に回りながら、ご飯くれよってにゃーにゃー鳴くんですけど「500回やんなきゃいけないからちょっと待ってくれ」なんてね(笑)。

――一人で暮らしていると、ご飯の準備も自分でするんですか?

征矢:自給自足でしたんで、バイトしてた近くのおすし屋さんで食べたり、バイト代で何か買って食べたりしていましたね。家賃等の費用はかからなかったんですが、食費だけは自分でなんとかしないといけなかったんです。

苦労はあったんですが、他を知らないし当時はこれが普通なのかな? という感覚で。逆に救われたのかなと思いますね。

――今まで辛かったこと、逆に楽しかったことって何ですか?

征矢:辛いっていう感情よりはこの先どんなことが起こるのかなっていう不安な感情のほうが多かったですね。「俺生きてけんのかな?」とか最初はすごく思いましたし、全日本プロレスに移籍してからは「武藤敬司さんの元でやるのか~」っていう緊張で全てに必死だったってのはありますね。プレッシャー半分、楽しみ半分みたいな。

プロレスは、リングを使って生き様を表現するスポーツ


――全日本とWRESTLE-1はどういうところが違うのでしょうか?

征矢:全日本さんは創設40年以上の老舗で平均年齢が高めですが、WRESTLE-1は武藤さんが“若い人達が活躍する場をつくろう”って立ち上げられたので、若い人達みんなで協力して団体を盛上げるっていうスタンスです。フレッシュさが一番の特徴ですかね。一番若い子で19歳がいて、今34歳の僕が上から4番目です。

――団体を変えるとき自分のキャラは変えるものでしょうか?

征矢:人によって違いますかね。貫き通すって人もいればそうでない人もいます。自己プロデュースの世界なので。

僕は元々何も無い状態でやっていて、あるきっかけでついた「ワイルド」っていうキャラでずっとやらせてもらっています。跳ねたときのキャラを活かすのが正解かと思って。お客さんの声援って生ものなので、「わー!」ってなったら正解だと思うんですよね。

お客さんの声が一番の答えであり結果であるので、「ワイルド」が僕の中では今一番確立されているのかな?と。

――プロレスラーの方って、結構年齢幅広く活躍されていますよね。

征矢:若くて活きがよくて動けて何でもできるってのも魅力ですけど、年々歳を重ねていくと知名度も増えて味が出たり、キャラが確立されたりもプロレスの良いところですかね。歳をとったから引退するではなくて、歳を重ねるごとに味が出て、プロレスラーとしての名前も売れてくるっていう。

――一般的なスポーツだと「何歳まで」とかピークがありますけど、プロレスだとその時々の味が出るんですね。

征矢:例えば「以前組んでたやつと今度戦う」とか、ストーリー込みでプロレスラーとしての人生感みたいなのも見えてくるんです。デビューから今現在を知っていると「こいつとまたここでやるんだ!?」っていうのとか、そういう楽しみもあると思います。生き様だと思うんですよ、プロレスって。生き様をリングで表現するのが僕らのスポーツなのかなと。

――毎週のように試合をやっていますが、回ごとに変えることはありますか?

征矢:大きい会場か小さい会場か、初めて見にくる人が多いか、常連が多いかとかは常に気にしていて、お客さんたちの声を聞いたり察しながら試合をしてるんです、実は。お客さんのいじりとかやじに「うるさいよ~」って返すとか、掛け合いをやるとわーっと盛り上がったり喜んでくれたりするわけですよ。

お客さんの声はすごく敏感に感じていて「もう1回やれ~!」って言われたらほんとにもう1回やったり。ほんと生ものですよね。

――初めてプロレスを見る人へのおすすめの見方はありますか?

征矢:初めてだとルールとかストーリーとか分からないと思うんですけど、何も考えないで、試合でバンバンぶつかってるところを率直に「何やってるの?」みたいな、非日常というか知らない世界を覗くような気持ちで見てもらうといいかなと思います。

僕も最初はK-1のつもりで見てたプロレスの訳わからなさが魅力だったので(笑)、細かいことは抜きにして、リング上でやっていることを純粋に楽しんでもらえれば一番嬉しいですね。

自分のやりたいことを見つける、追求するには。


――キャリアに迷う学生へのアドバイスをお願いします。

征矢:僕はプロレスに出会うまでは将来なりたいものが何もなかったんですよ。小学校の卒業文集で「定職に就きたいです」って書くくらいのものでした。

まずは色んなものに興味を持ってみて、実際に見たりやってみたりするのがやりたいことを探す一番の近道なのかなと。嫌いになるかもしれないし好きになるかもしれない。いろんなものを見て印象を受けたものがあれば追求すると良いと思うんですよね。

あとは結局、高校でも大学でもプロレスラーになるって言い続けて、僕がプロレスラーになりたいということを周りも知ってたので、道場などを紹介してもらえて、今に繋がりました。自分の言葉が宣伝になると思うので、やりたい!って気持ちがあるなら言い続けるのも大事かと。どこでどう繋がるかわからないので。

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PROFILE:征矢学(プロレスラー WRESTLE-1所属)

病気により運動とは無縁の幼少時を過ごすが、中学生のときに見たプロレスに興味を持ち、周囲に反対されながらもプロレスラーを志す。「大学は出ておけ」という両親の勧めに従い、国際武道大学を卒業後、晴れてプロレスラーに。「ワイルド」なキャラクターで人気を博し、WRSETLE-1の看板レスラーの一人として活躍中。2019年末の大晦日には、大仁田厚との電流爆破デスマッチを控えている。

征矢学公式Twitter:@bunamayaso
YOUTUBEチャンネル『SOYATube』にて動画も配信中!

取材・文/瀧川 広美
写真/洞澤佐智子
編集/就活スタイル編集部(ぱいん)

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