「部活のユニホームを全部捨てるほど悔しかった」車いすテニス・高室冴綺に聞く、挫折との向き合い方 #大人の社会見学

編集:ナベ子
2019/11/05
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車いすテニスプレイヤー・高室冴綺(たかむろ さき)選手。先天性疾患による、両下肢機能障がいのため、高校時代に車いす生活を余儀なくされました。

昨日まで普通に動けていたのに、体が思うように動かない。歩けない自分を受け入れることができず、当時は引きこもり生活をしていたと言います。

そんな辛い状況のなか、高室選手が出会ったのが車いすテニス。メキメキと頭角を現し、2019年10月現在、世界ランキング24位の実力者へ。

一体どうして立ち直ることができたのか?

2020年に行われる東京パラリンピック出場を目指す高室選手に、車いすテニスとの出会いから、挫折との向き合い方、パラリンピックへの想いについて伺いました。

1.「歩きたいのに歩けない」悔しくて辛かった学生時代

ーー自分の足に違和感を持ち始めたのはいつ頃だったのでしょうか?

中学3年生の頃です。最初は膝に成長痛のような痛みを感じていました。当時は「成長痛だから、これから身長が伸びるぞ!」と期待して気にしていなかったんですよね。

でも、半年が経過しても身長が伸びた気配はないのに、痛みはずっと続いていて。さすがにおかしいと思って病院に行くと「先天性疾患による、両下肢機能障がいを発症している」とお医者さんから伝えられました。

とは言っても、私は生まれたときから病気の因子を持っている状態だったので、病気が発症してしまう可能性はゼロではありませんでした。弟や妹も同じ病気の因子を持っているので症状自体は知っていたんです。だけど、実際にいきなり「発症しています」と言われたときは、「なんで?」という気持ちでいっぱいでしたね。

ーー歩くのが困難になったのは高校生になってからですか?

はい。成長痛のような痛みは日々あったんですが、高校3年生のときには歩くのがもうしんどくなってしまって。骨の変形症状も出てきてしまい、「車いすに乗ったほうがいい」とお医者さんや家族から言われていました。

ただ…私は車いすに乗るのがどうしても嫌で、最後まで渋っていたんです。

ーーそれはどうしてですか?

子どもの頃から体を動かすことや、スポーツをするのが好きだったので、体が動かない状況に対して、大きなギャップを感じてしまったからです…。

弟や妹も病気を発症していて車いす生活なので、車いすに対しての偏見は全くありません。ただ、動けない自分をどうしても受け入れられなくて、すぐに「乗る」とは言えなかったんです。

ーー現実を受け入れることはとてもお辛かったと思います。当時はどんなお気持ちで過ごしていたんでしょう? 

とにかく辛くて、引きこもっていましたね。高校時代に歩けなくなってから徐々に家から出なくなってしまって。卒業して1年半ほどは完全に引きこもっていたんです。

外に出るとみんな普通に歩いているじゃないですか?まわりの人を見るのがすごく辛かったんです。もちろん完全に理不尽な理由なんですけどね!「なんで私にはできないのにみんなはできるの?」と思っていて…外に出たくなかったです。自分が動けないことを直面したくなかったんですよね。

何か考えてしまうと、ネガティブなことばかりになるので、家ではずっと寝ていました。何も考えないことで自分を守ろうとしていましたね。

2. 負けず嫌いな自分を思い出した、車いすテニスとの出会い

ーー引きこもり生活を送るなかで、前を向けたきっかけは何かあったのでしょうか?

直接的なきっかけではなかったんですが…振り返れば大きな転機になったと思うのが、いすテニスとの出会いですね。

18歳のときに、母がリフレッシュを兼ねてイベントに連れて行ってくれたんです。そのイベントでは車いすテニスや車いすバスケなど、車いすのことを紹介しているイベントで。そこで初めて車いすでもできるスポーツがあることを知りました。

当時の私は車いすでスポーツができることを知らなかったんです。スポーツが好きだった私に対して、母なりに元気づけようと調べてくれていたのかなと思います。

ーー初めて車いすテニスを見てどう感じましたか?

体験会も行われていたんですが…正直そこでは「へ〜」というくらいしか感じなかったんです(笑)。やっぱり立って行うのと、車いすで行うのではギャップが大きくて。

私、中学生のときにはバスケもやっていたんですけど、歩けなくなってからもうスポーツなんてみたくない!」と部活のユニホームを捨ててしまうほどだったんですよ…。だから体験会をしても「今更スポーツをしてもなあ…」という気持ちの方が大きく、すぐにやろうとは思いませんでした。

でも、その後スポーツに興味がある弟と一緒に、車いすテニスの講習会に改めて行ったんです。そこで講師の方が「やってみようよ!」と誘ってくださって。「せっかくだし、やってみようかな」と思ったのが実際に始めたきっかけですね。

もちろん最初はラケットがうまく扱えないし、車いすも操作できないという感じだったんですけど、もともと負けず嫌いという性格なので「扱えない自分」に燃えてしまって(笑)。そこから「ちゃんとやってみよう」と決意しました。

ーーそうだったんですね…!では、プロ選手として大会に出ようと思ったきっかけはあったんですか?

はい。車いすテニスを始めて1年以上経過したくらいに、「全日本選抜車いすテニスマスターズ」という大会を見たことですね。

そこで初めて上地結衣選手のプレーを見させてもらったんです。大活躍している上地選手は実は私と同じ年齢ということを知って。同じ年齢の女の子が優勝している姿を見て、「私も選手として大会に出て成績を残したい!」と思いました。

でも実際に大会に出るとなると、難しいことの連続だと痛感します…。技術面やメンタル面など、「ここまでできたらいいや」というゴールや正解はないんです。だから日々ずっと勉強だなと感じていますね。

3.挫折は「経験」としてストックしておこう。

ーーお話を聞いて、高室選手は強いなあと感じました。読者層である大学生も、悩んだり、挫折を乗り越えようと踏ん張ったりすることが多いと思います。でも実際は「挫折をしたくない」と感じている学生さんもいると思うんです。日々「挫折」とどう向き合ったらいいと思いますか

挫折は自分の貴重な「経験」としてストックしちゃいましょう!

私、挫折は人生において必須項目だと思うんですよね。当たり前ですが、病気だけじゃなくて、テニスをやっているときや普通に生きているだけで、挫折や苦しいことってたくさんあるんですよ。でも挫折って本当に無駄なものではなくて、味わったからこそ、強い「経験」が自分の中に増えるんです。

「経験」が増えると、不思議と立ち直れやすくなるんですよね。私は歩けなくなって、もちろんすぐに立ち直ったわけではありません。しかし、挫折した日々を積み重ねていく「経験」が、私に自信を与え、前を向かせてくれたのだと思います。

だから強烈な挫折をしたのなら、「経験」として自分にストックをする。「あの経験があったからよかったな〜」と思えるときがきっと来ると思いますから。だからどうか、挫折に負けずに頑張ってほしいですね。

ーー挫折という言葉ではなく「経験できた」とポジティブに捉えることが大切なんですね。

はい。挫折をしたり挑戦したりして初めて分かることってたくさんあるはずです。「挫折=悪いこと」では全くなく、むしろ貴重な経験ができてラッキーなくらいのスタンスでいいのではないでしょうか。

大学生のみなさんにはぜひ「どんどん挫折をしてください」と言いたいですね(笑)。

4.オリンピックにはない魅力をぜひ感じてほしい。パラリンピックに込めた想い

ーー最後に、2020年の東京パラリンピック出場へ向けて、意気込みをお願いします。

正直、今とてもドキドキしています。女子車いすテニスの代表枠は4名 なので、出場できるか不安と緊張でいっぱいです。

でも私の夢のひとつに「パラリンピックで金メダルを獲る」というのがあるので、その夢に向かってどんなに大会が大変でも、全力でぶつかって頑張ろうと思います。

車いすテニスは、実際に見てもらうと、チェアワークの素晴らしさが魅力的なスポーツだと思います。くるくる回ったり、すごいスピードで走って行ったり、オリンピックにはない魅力がたくさんあるので、ぜひ車いすテニスも応援してください!

文章:田中さやか
編集:ナベ子

編集:ナベ子

生まれは北海道、学生時代は主に研究と剣道に捧げてました。最近は妖怪が好きです。
好奇心で人生をもっと豊かに!をテーマに日常/非日常のアレコレを題材にした記事をメインで担当してます。

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