茂木健一郎が説く「アウェー戦」の重要性。現代社会を生きる学生のためのサバイバル術|あの人の学生時代。#27

編集部:はまみ

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著名人の方々に大学在学中のエピソードを伺うとともに、今の現役大学生に熱いエールを贈ってもらおうという本連載。今回は、先日著書『結果を出せる人の脳の習慣』(廣済堂新書)を上梓された脳科学者の茂木健一郎さん。現在、さまざまな大学で教鞭を執ることも多い茂木さんに、著書についてやご自身の大学時代について、お仕事で現役大学生と接していて思うことなどを伺いました。

インタビュー・文:落合由希
写真:中邨誠


INDEX

1.理学部→法学部に転学部した理由は失恋。院では再び理系に
2.留学先では、教授をファーストネームで呼べるまでに1か月かかった
3.大学に行く価値は、ガチなやつに出会える「場」だから
4.選択肢が多い時代のキャリア術「二択で考えない」
5.今は「アウェーで戦う力」を育てることが重要な時代
6.学生時代は「ムチャ振り」の感覚で生きろ!
7.「アホなこと」に真剣に取り組むと、「アウェー力」が高まる

理学部→法学部に転学部した理由は失恋。院では再び理系に

――茂木さんは東京大学理学部、法学部を卒業後、東京大学大学院に行かれていますが、そもそも最初に東大の理学部に行こうと思った理由はなんですか?

最初に物理をやりたいと思った理由は、アインシュタインに憧れていたからですね。当時から「素粒子物理学」はある種の花形だったので、「学んだら楽しいだろうなぁ」という仮説を持って物理学科に進学しました。でも、だんだん、本当に物理一本で突き進んでいいのだろうか……と迷い始めて。そのうち女性にフラれたことがきっかけで、文系の法学部に転学部することを決めました。

――たしかに、「やりたい」と思ったことが、本当に自分の好きなこと・打ち込めることかどうかは、やってみないとわからないですよね。

そうなんです。だから「やりたいこと」って仮説なんですよね。仮説は修正していいんです。
仮説を立てた段階で迷ったら、一度違う分野を覗いてみることが大切です。隣の芝生は青く見えるけど、覗いてみたら意外とわかることもあるから。「雨降って地固まる」みたいなことです。
僕も法学部に行って一通り学んでみて、一応卒業はしたけど、その結果やっぱり科学の方が好きだなぁと思ったのでまた方向転換しました。大学院では物理(理学系研究科物理学専攻)に戻っています。

――そんな大学生活で、いちばん夢中になっていたことはなんですか?

今思うとやっぱり、フラフラする時間かなぁ? 本のなかでも書きましたが、生活のなかで「ロマンティック・アイロニー」(註:「偶有性の海の中で、自分はこれからどういう人生を歩んでいけばいいのか」ということを、自分の内面と向き合って考える時間)を持つことがいちばん大事だと思うんです。僕の青春の頂点は、まさにそんな時間ですね。塩谷賢っていう、当時は東大数学科の修士学生だった学友と、夕方、隅田川のほとりに寝っ転がって2人で缶ビールを飲んでいて。マグロみたいに横たわっている我々の周りを、カップルが汚いものを見るような目で見ながら半径10mぐらい避けて座っていました。あの夕方はまさに「ロマンティック・アイロニー」だった気がします。

――なんだか美しいような美しくないような思い出ですね……(笑)。でも「ザ・青春!」な感じがします。

とりとめのない夢を語り合う時間というのは、すごく貴重です。ぜひ学生時代にそういう経験をしておいてほしいと思います。もちろん講義に出ることは大事ですが、今の学生さんはまじめすぎて、大学で講義をしていると「こんなに出席するんだ!」ってビックリするぐらいなので(笑)。

――ご自身は学生のころ、まじめでしたか?

駒場キャンパスに通っていたころは、銀座線で渋谷まで出て、そこから井の頭線で「駒場東大前」まで行っていたんですけど、銀座線を降りたところに当時映画のポスターがたくさん貼ってあったんです。それを見て「あぁ、もう映画観よう」ってそのままよくサボってました(笑)。本郷に通うようになってからは、今はサイエンスライターをやっている竹内薫が同じ研究室だったんで、お昼ぐらいに大学に行って、2時間ぐらい研究して、「じゃあそろそろ映画でも観に行くか」って、2人で映画を観に行って。そのあと銀座スエヒロという焼肉の店に行って、ミルクを飲んで――その店、ミルクがおいしいんですよ。そういうことをよくやってましたね。でも、意外とそういう時間って大事なんですよね。

留学先では、教授をファーストネームで呼べるまでに1か月かかった

――茂木さんは30代の時にケンブリッジ大学に留学されていますが、なぜ大人になってから留学をしようと思ったんですか?

僕、高校の時からずーっと日本を脱出しようとしてたんです。でも2回ぐらい諦めていて。だから、外国に行きたいという思いを抱えながら過ごしてきて、30歳を超えてやっと実現させたっていう感じです。

――やっと行けた! っていう。

そうですね。国際奨学金の募集にたまたま受かったんで、それで行きました。
学生・社会人を問わず、「留学はいつ行くのが一番いいんですか?」ってよく聞かれるんですが、年齢的な意味ではいつ行ってもいいと思います。でも、いずれにせよ「日本」や「日本人である自分」というものをちゃんと理解してから行ったほうがいいですね。外国に行くとどうしても「日本人」として見られるので。

それに、海外の文化や社会に魅力を感じて、そこから学ぼうと思った場合であっても、日本についてもプライドを持っていたほうが絶対バランスとしてはよくて。だから僕の場合は30代前半まで待ったのが、かえってよかったかもしれないですね。若いころは意外とかぶれてる時期もあったから、そのころに留学していたらもっとズタズタになっていたかもしれない(笑)。

――留学先でいちばん思い出深いエピソードといえばなんですか?

やっぱり人間関係ですね。ホラス・バーロー教授という超偉い人の元で学んだのですが、周りのクラスメイトが「ホラス!」と気軽に名前を呼んでいる中、ファーストネームで呼ぶことがなかなかできなくて……1カ月ぐらいは「Mr.バーロー」でしたね。でもそれぐらい、文化の違いって乗り越えるのが難しいんですよ。もちろん、教授のことはみんなすごく尊敬しているんですよ。学問的にも人間的にもすばらしい方ですからね。それでも「ファーストネームで呼ぶ」という文化を戸惑いながらも受け入れられたときに、やっと「オレ、イギリスに来たんだなぁ」って実感しました。

――たしかに、頭では理解していても、気軽にファーストネームで呼ぶのは難しそうです。

ですよね。でも、その背景には「学びの場では、お互いに対等なもの同士で議論しなければならない」っていう思想があるわけじゃないですか。学生だろうが教授だろうが、議論するときは対等じゃないといけない。だから逆に、日本の大学のゼミで見られる、「教授の意見が正しい」という前提で議論するとか、教授に対しては「〇〇先生」って呼ばなくちゃいけないといったルールはすでに対等性が失われているとも言えます。そこは日本の課題なのかなという気がしますね。

大学に行く価値は、ガチなやつに出会える「場」だから

――そんな留学先での経験も含めて、「大学時代の過ごし方が今の仕事に生きている」と実感することはありますか?

大学に行くことの価値って、やっぱり「場」ですよね。今はもう学術情報自体はネット上にタダで転がっているので、そういう意味では大学に行かなくても学べるんですよ。じゃあ大学ってなんのために存在するのかって考えると、「場」が大事なんだと思います。
「ガチなやつがいる」っていうのが大学の魅力なんです。大学って全国からいろんな人間が集まってくるから、その中にはとんでもないやつが紛れ込んでいるんですよね。いろんな分野で、ほかの人とは明らかに違う輝きを放っている「ガチなやつ」が必ずいるんです。僕は大学という「場」を通してそういうやつに出会うことができたので、行ってよかったなと思います。

選択肢が多い時代のキャリア術「二択で考えない」

――現在、講師として実際に大学生と関わる機会も多いかと思いますが、今の学生に対してはどんな印象をお持ちですか?

今の時代はいろんな可能性がありすぎるがゆえに、いざ社会に出て行くときにすごく迷ったり、悩んだりしている学生が多いと感じています。
学生たちは、社会が変化していくなかで、働き方の多様化を肌で感じながらも、現実には親の意見や世間の風潮で「就職してお金を稼ぐ」っていう王道の価値観を求められることも多いと思うんですよね。そのズレをどう一致させるかっていうのが難しくなっているんじゃないでしょうか。選択肢が多様になっているぶん、どちらに進むかの見極めが難しいよね。

例えば「起業したい」っていう学生は多いんですが、起業って本当は「失敗するのが当たり前」のものなんですよね。シリコンバレーでも、3回4回5回……と失敗して、そのあとにやっと成功することが多いですし、やっぱり起業するってそれだけ大変なことなんですよ。それでも起業という道を選ぶのがベストなのかどうか……。

――例えば、副業が認められている企業に就職して、副業で起業してみるとか、そういう選択肢もありますもんね。

会社に入ると絶対いろんなノウハウを習得できるし、人脈もできるから、そうやってまずは就職して徐々に挑戦していくっていうのもいいと思う。僕が学生によく言うのは、2つの手段がある場合、「どちらか一方を選ばなきゃいけない」っていう考えを捨てて、現実的に「間を取っていく」戦略を考えるといい、ということです。
意外と固定観念があって、「大学行くか/やめるか」とか「起業するか/就職するか」って二択で考える学生が多いんだよね。実際は、現実ってもっとグレーゾーンがあるものだから、そこをうまく利用しながらやっていかないといけない。

学生のみなさんには、「人生をリアルに見る」という意識を持ってほしい。僕なんてものすごく中途半端な人生をずーっと送ってきてるし、今でも研究所に籍はあるけど、こうやっていろんなことやってるし、ずっと中途半端。だけど、だから楽しいんだよなぁ。

今は「アウェーで戦う力」を育てることが重要な時代

――著書『結果を出せる人の脳の習慣』(廣済堂新書)は、2011年に発売された単行本『アウェー脳を磨け!』に加筆・修正をされたものだそうですが、いまこのタイミングで新書版を出そうと思われたのはなぜですか?

やっぱり時代が変わって、学び方や働き方もずいぶん変わってきているので、今改めてこの本の内容をみなさんに伝えたいなと思ったからですね。昔に比べて、より「アウェーで戦える」力を育てなきゃいけない時代になってきたということです。

――2011年に書かれた時と今で、加筆・修正をしていていちばん「変わったな」と感じたことはなんですか?

やっぱり人工知能の進歩とグローバル化の加速ですね。働き方をガラッと変える可能性があるこの2つの要素によって、社会的にも「アウェーに挑戦しないといけない」っていう意識はかなり高まってきていると思うんです。一昔前なら「大学に行って、大企業に就職すれば一生安泰」っていうイメージがありましたが、今そういう感覚を持ってる学生はまずいないです。就職しても、3年や5年で離職・転職をすることを視野に入れている人はたくさんいます。
ただ、学校で教えてくれるわけでもないし、挑戦したくてもやり方がわからなくて踏み出せない……という躊躇もあるのではないでしょうか。

――ぜひとも大学生にも読んでもらって、「アウェー」への挑戦を志してほしいですね。

そうですね……こんな偉そうなこと言ってますけど、僕自身、まだまだ学生気分が抜けないところがあるので、立場は同じだと思っています(笑)。学生じゃなくなってからも、ずーっと学び続けているし。僕も常に自分にとってホームなことだけではなくて、アウェーなことにいかにチャレンジするかっていうことを意識して生活してきたので、学生とはいつも「一緒に歩む仲間」という意識で接しています。

学生時代は「ムチャ振り」の感覚で生きろ!

――著書にも書かれていましたが、昔から日本には「みんな一緒がいい」とか「空気を読んで行動するのがあたりまえ」といった風潮がありますよね。今の大学生世代にも、周りの目を気にしすぎてしまうところがあるのかなと……。茂木さんはどう感じますか?

日本って、「世間」が持つ影響力がすごく強いんですよね。世間体を気にしてうまくやっていこう……みたいな。でも、AIの進歩やグローバル化でゲームのルール自体が変わっちゃったので、今まではみんなで仲よく力を合わせればよかったかもしれないですが、これからはそうはいかなくなってきます。そのやり方ではダメだということをみんなうすうす感じてはいるんだけど、どうしたらいいかわからない。でも、こうなってしまうのは仕方ないんです。子どものころから、「おとなしく授業を聞く子がいい子だ」っていう教育を受けてきたので。

僕は学生時代に「日米学生会議」に参加するために、アメリカに1カ月間行ったことがあります。アメリカの学生たちの将来を話し合うスケール感が、当時からすでに日本人のそれとは違っていて驚きましたね。「卒業したら1年かけて世界中を回る」っていう人が普通にいるんです。あと、これは英語圏だからなんだけど、就職先がアメリカだけじゃないんですよ。「アフリカに3年ぐらい行ってみようかな」とか「シンガポールに行こうかな」とか、最初からあたりまえのように自分のキャリアをグローバルに考えている人がたくさんいました。あれはちょっとビックリしましたね。

僕もそうだったんですけど、もともと学生時代って、疾風怒濤の時代っていうか「今すぐ全てをやりきりたい」っていう気持ちがすごく自分を駆り立てる期間だと思うんです。だから学生時代はムチャ振りの感覚で生きてほしい。達成できなくてもいいんです。例えば「今年中にTOEIC900点以上取る」とか「今年中に英語の本を10冊読む」とか、なんでもいいんです。そういうムチャ振りを学生時代になるべくしてほしいなぁって思います。

「アホなこと」に真剣に取り組むと「アウェー力」が高まる

――「好きなことがホームになる」というお話もありましたが、茂木さんが今いちばん「好きなこと」はなんですか?

英語で本を書いて、それをワールドワイドに展開していくことに興味がありますね。あとは映画の原作になる本を書きたい。テーマとして今いちばん狙っているのは……これは『マイナビ学生の窓口』の読者にもぜひ知ってほしいんですが、エイダ・ラブレースという人類初のプログラマーの半生です。

エイダは天才詩人のバイロンを父親に持つ女性プログラマーです。当時はまだ女の人が数学をやるという意識もなかったし、そもそも女の人は大学に行けなかったから、独学でプログラミングを勉強したんです。しかもエイダがすごいのは、当時の男性たちは「コンピューター=数学の計算に使う」っていう意識しかなかったんですが、そんな中で「コンピューターを使えば新しい音楽やアートが作れるんじゃないか」という構想をすでに述べていたんですよ。このエイダのことを英語で書いて、それが原作として映画になればいいなって思ってます(笑)。

――女性の働き方が多様化しつつある今の社会を考える上でも、とても興味深い人物ですね。

今は男と女の関係について、社会的にもいろいろと議論されるようになりましたが、男女の脳差ってまだまだすごい誤解があるんです。
僕はやっぱり自分の役割として、脳科学の視点から「女性の能力って、決して男性に比べて劣っているということはない」ということを伝えたい。だからエイダ・ラブレースを選んだという理由もありますね。人類初のプログラマーだし、女性は数学やコンピューターが苦手っていう意識があるけど、全然そんなことないよ、っていうメッセージも出せるし。

――それにしても、「映画の原作を執筆する」というのは予想外でした!

「エイダについて本を書いて、それが映画になって賞を獲って、レッドカーペットを歩きたいな(笑)」とか、そういう一見「アホなこと」に真剣に取り組むことが、僕にとって「アウェー」への挑戦なのかなと思います。
実現の可能性は非常に少ないんですけど、それでも突き詰めて考えるのって楽しいじゃないですか。そういうアホなことを学生時代にもみんなやったほうがいいんじゃないかな。うまくいかない経験や、空振りみたいなことをやってないと、大人になってからかえってつまずく感じがするんですよね。

* * * * * * *

最後に、今の大学生にむけて一言メッセージをお願いすると、「絵でもいいの?」と言いながらかわいい鳥のイラストを書いてくださった茂木さん。その横には「飛べ!」の文字が。その一言のなかに、きっと「いろんなことを思いきってやれ!」というエールが込められているのではないでしょうか。

もぎ・けんいちろう●1962年10月20日生まれ。東京都出身。脳科学者。東京大学理学部、法学部を卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。2005年、『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞受賞。2009年、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞受賞。他の著書に『脳を活かす勉強法』(PHP研究所)、『ひらめき脳』(新潮社)、『奇跡の脳の物語』(廣済堂出版)などがある。
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新刊書籍『結果を出せる人の脳の習慣 「初めて」を増やすと脳は急成長する』(廣済堂新書)好評発売中!
茂木 健一郎 (著), 井上 智陽 (イラスト)
http://www.kosaido-pub.co.jp/new/post_2507.html
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インタビュー・文:落合由希
写真:中邨誠

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