広告業界は能力と意欲さえあれば仕事を自ら作り出せる場

――今は広告業界で活躍されていますが、学生時代から広告業界を志望していたのでしょうか？

そうですね。ミーハーだったから雑誌やラジオなどのメディアをつくる仕事をしたかったんです。中高時代はラジオのはがき職人をやっていたし、雑誌も好きで女性誌も含めて読みまくっていました。

昔はマガジンハウスの女性誌が一番好きでしたね。1980年代当時の男性誌には雑貨や文房具を紹介するといったかわいい系のカルチャーがなかったんですよね。カルチャーを語る媒体が女性誌中心だったこともあって『anan(アンアン)』や『Olive（オリーブ）』、それに創刊直後の『SPUR（シュプール）』とかかなり読んでいましたね。

――なるほど。例えば今学生時代に戻ってもう一度就活やるとしたらどこ行きたいとかありますか？

すごい難しい質問だね。仕事の領域を自ら決めている企業は個人的には苦手なので、実は広告業界ってチャンスがある職場だと思っているんです。

実際に今、広告も作るし、PRの仕事もするし、雑誌の編集長もやっているし、ネットコンテンツもいっぱい作っているし、本屋の経営者もできてるんですよね。広告業界は能力と意欲さえあれば仕事の領域を自ら作り出せる職場だと思います。

時間があるうちに、たくさん無駄なことを

――大学時代、「これだけはやっておけ」と思うことはなんですか？

役に立たないことをして、自分の嗅覚を鍛えてほしいです。好奇心を人に依存するのはもったいないと思うんですよね。もちろんいいセンスを持っている人がいて「アイツがいいという本はおもしいよね」とか「この人がおすすめする店はおいしい」という意見を聞くのもいいんですけど、基本的にはまず自分の嗅覚を鍛えた方がいい。

そもそも役に立つと思って何かに取り組んでいる時点で、自分がすでに知っている狭い世界でしか生きてないと思うんですよね。新しいものは今は価値がないと思うものから見つかるんです。大学生は素晴らしいほど自由な時間があるので、たくさん無駄なことやったほうがいい。例えば映画や本でいうと「最悪」と言われているものを時間があるうちに死ぬほど見た方がいいですね。駄作があるから名作があるわけで、ダメなもの見たほうが、美しいものを理解できるようになると思います。

具体的なアドバイスをすると「本屋に行ったら感覚で本を選べ」「映画館に行ったら自分が一番興味のない作品を見ろ」「食べログで検索しないで知らない店に入れ」ってことですね。

イラストレーターのみうらじゅんさんは、月に一回、自分の発想にない新たな世界を見る”修行“というものをやっているのですが、僕も自分の好きじゃないものにあえて接触するようにしています。普段は絶対自分が見ない映画を見に行ったり、全く興味のないイベントに行ったり。でも意外と新たな発見があるんですよ。時間があればその修行が毎日できる。大学時代にぜひ無駄を楽しんでもらいたいと思います！

――ありがとうございました！

学生の頃からカルチャーに興味を持ち、独特な目線で作品を眺めてきた嶋浩一郎さん。好きなものに没頭することも価値観を広げる一つの手段ですが、あえて自分の好きじゃないものと触れ合う修行も、常に新しいものを生み出し続ける嶋さんのエネルギーになっていると感じました。嶋さん流の修行、皆さんも今日からさっそくチャレンジしてみては？

＜プロフィール＞
●しま こういちろう
1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクター。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。カルチャー誌『ケトル』の編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。編著書に『CHILDLENS』（リトルモア）、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』（ディスカヴァー21）、『企画力』（翔泳社）、『このツイートは覚えておかなくちゃ。』（講談社）、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』（誠文堂新光社）がある。

文：八木彩香（Torana Company）
写真：今井裕治