2014年8月にサッカー日本代表の監督に就任したハビエル・アギーレ氏。ナショナルチームやクラブチームで好成績を残した名将に大きな期待がかけられましたが、2015年2月に過去の八百長疑惑がきっかけで解任。わずか6カ月でした。現在は後任の選考が行われているそうです。さて、何かと話題のサッカー日本代表監督ですが、歴代の監督たちの就任期間はどうだったのでしょうか? どんな成績を残したか、覚えていますか?
監督代行を除くと、サッカー日本代表の監督経験者はのべ34人。この中で、日本のサッカー史が最も大きく動いた1990年代以降の代表監督の任期、そして成績を紹介しましょう。
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●ハンス・オフト(1992-1993年)
通算成績:38戦19勝9敗10分(勝率:50%)
主なタイトル:1992年AFCアジアカップ優勝、1992年ダイナスティカップ優勝、など。
今でこそワールドカップの常連のようになっている日本ですが、1998年までは一度も出場したことがありませんでした。それまでの間、「日本が一番ワールドカップに近づいた」際の監督がオフト氏でした。FIFAワールドカップアメリカ予選の最終戦、勝てば本選出場でしたがロスタイムに追い付かれ引き分け。これが有名な「ドーハの悲劇」です。ネガティブなイメージを持たれる監督ですが、通算成績で見ると悪くないように思えますよね。
●パウロ・ロベルト・ファルカン(1994年)
通算成績:9戦3勝2敗4分(勝率:33.3%)
主なタイトル:なし
オフト監督の次に代表監督になったのが、ブラジルの英雄の一人、ファルカン氏でした。1994年の3月に就任しましたが、指導法や選手とのコミュニケーションの取り方で問題が起き、10月の韓国戦の敗北を機に解任されました。約7カ月とかなり短い期間でした。
●加茂周(1994-1997年)
通算成績:51戦27勝14敗10分(勝率:52.9%)
主なタイトル:1995-1997年キリンカップ優勝、1995年ダイナスティカップ優勝
ファルカン氏の解任後、12月に代表監督に就任したのが、いくつものクラブチームで好成績を残していた加茂周氏。次のワールドカップ予選を戦うチーム作りを担っていましたが、1997年に開催されたFIFAワールドカップ・アジア予選での成績が芳しくなく、現地で解任される異例の事態になりました。
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